思慕~ふみだす~





「!」

 誰もいないと思っていた放課後の教室。大半の生徒が帰宅か、もしくはアルヴィスへ向かっている時間帯、委員の仕事をしていた自分以外の誰もいないだろうと踏んで荷物を取りに来たそこに、彼はいた。

 窓際の一番後ろ、窓から町並みも海も空も、独り占めできる特等席が彼の席。この時間帯ならば、ファフナーのパイロットである彼はアルヴィスに向かっている筈だ。敵の襲来がなくとも、シミュレーションを用いた訓練は、パイロットたちの日課だ。ジークフリード・システムの搭乗者として、戦闘指揮官として、自分もこの後すぐ向かうことになっている。

 けれどもそこに彼―――一騎はいた。

 いつものように頬杖をついて、ただ何をするわけではなく窓の外を眺めている様子は、授業中からそのままその時間に捕われてしまっているかのようだ。開いたままの後ろ側の扉から中の様子を伺う総士には気付いていないようだ。

 戦闘中は誰よりも機敏に的確に、確実に敵を撃破する優秀なパイロットだが、日常ではわりとぼんやりとしていることが多い。今もそんな様子だ。何か考え事をしている風でもない。ただそこにいる。けれどもそれが、総士にとっては何より大切な空間のように見えた。

 もう少し欲を言えば、

(一騎が今、僕のことを考えていればいいのに)

 思って、さすがにそれは欲張りすぎかと自嘲する。

 一騎に皆城総士としての自己を取り戻してもらって四年。そして今は痛みを理解し、同じものを見てくれようとしてくれる。それだけで十分だ。十分、自分は報われている。

「―――一騎」

「うわあ!?」

 流石にいつまでもこのままでは、訓練全体に遅れが生じてしまう。どうせなら一緒に行けばいいと、淡い期待を抱きつつ声をかければ、一騎が思いの外激しく肩を揺らして驚いた。

「何をそんなに驚いている? 皆は先にアルヴィスに行ったんじゃないか?」

「あ……えっと、あの、総士は?」

 妙に動揺した様子に、総士は訝しげに眉を寄せる。まさかぼうっと外を眺めていたかと思ったのは実は、

「寝てたのか?」

 居眠りで遅刻など言語道断だ。呆れながら自分の机に迎い、荷物を取れば、慌てた様子で一騎も鞄を手に立ち上がる。

「ね、寝てたわけじゃない。ただ、その…」

 口ごもる一騎を、総士は振り返る。そこには、少し離れていてもわかるほど頬を朱に染めた一騎がいて、

「総士のこと考えてた」

「!?」

 今度は自分が驚かされる番だった。

「そしたら本物の総士がきたから…すごいびっくりしたんだ」

 もうとっくにアルヴィスに行ったと思ったから、と。そう言って傍までやってくる一騎に、自然と自分の頬にも熱が集まっているのを感じる。

 クロッシングで繋がっていれば、こんなことは事前にわかっていて、急なことにも冷静に対応ができるだろう。

けれども、そんなものは―――…。

「そ、そうか」

「うん」

「アルヴィス、一緒に行くか」

「うん」

 誘えば、まるで戸惑うことなく一騎は頷いて総士の隣に立つ。

 難しいことは何一つない。ただ、まだ言葉にすることに慣れていないだけだ。人と人は、心が通じても、言葉にしなければ伝わらないことの方が多い。

 自分はそう、一騎のおかげで学んだばかりなのだから。












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一騎帰島後、相思相愛(笑)になったばかりの頃ですかね。ういういしいかんじで。
これからもっともっと話して触れて、歩み寄っていくのです。
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