レンタル彼氏をしてる関羽と、必死な曹操 まだ何も始まっていない


「おはようございます」
 はにかみながらの朝の挨拶に、俺はしばらくフリーズしてしまった。
 前開きシャツを羽織ったその体は逞しく、均整のとれた素晴らしい胸筋は、あの頃でさえこんなに近くで見たことはなかった。
 枕元に片手で頬杖をつく彼が、シースルーのカーテン越しに、朝日で照らされている。昔はこの男の顔に対して何か特別な感情を持ったことは無かったが、今こうして見ると、均整のとれた綺麗な顔をしている、と思う。
 目前の棗色の肌に無意識に手を伸ばそうとしたところ、静かに振り払われた。咎めるように、と言うにはいささか遠慮がちだったのは、この男もまた昔の感覚を引きずっているからだろうか。
 はにかんでいた表情がすうっと消えていく。〝無〟そのもののような顔になった隣の男は、できるだけ淡々と聞こえる声を目指すように、抑揚を抑えて言う。
「前も申しましたが、〝さわる〟プランは扱っていません」
 プラン、との言葉にひくりと唇が引きつった。
 そんな俺の様子には構わず、彼はさっとベッドから起き上がる。
「仕事、遅れますよ」
 君はそんなに切り替えが上手くできる男ではなかったはずだ、とか。そんなに金に困っているなら違う方法で頼ってくれればいいのに、とか。色々言いたいことはあったが、それらを全部飲み込んで深く息を吸う。
「関羽」
「はい」
 上半身を起こして、ベッドヘッドに無造作に置いてあった財布を手に取る。俺の財布の中身を抜き取る、など、この男は決してしないという安心感から、眠る時はいつもそこに置いていた。
「今日は〝仕事で疲れたあなたを年下彼氏があたたかいハグで迎える〟プランを所望する。〝レストランで食事or彼氏の手料理(手抜きバージョン)〟オプションも追加だ」
 事前にリサーチしていたプランの値段分だけ、札を手にして言った。
 関羽はげえっと一瞬表情を変えた後、渋い顔をして頷いた。
「……わかりました」
 言って、関羽が金を受け取った。チップ的な意味で何万か上乗せしたこともあるが、彼は頑なに受け取らない。
「じゃあ、朝食にしようか」
「いえ、お暇します。〝朝食を一緒に食べる〟オプションは今回ついていないので」
「…………」
 黙って万札を差し出す。
 関羽は片眉を上げて、ため息をつきながら言った。
「曹操さま、こんな調子だと本当に破産しますよ」
「本望だ」
「……何が貴方をそこまで……わかりました」
 関羽は頭をがしがしかきながら受け取った。
 それに笑んで、立ち上がる。朝はあまり食べないのでトーストぐらいしか用意できないが、関羽はそれで足りるだろうか。
「帰ってくるのが俄然楽しみになった。今日もよろしくな、関羽」
 関羽は苦々しい顔をして頷いた。というより呆れているのかもしれない。俺のあんまりにも必死な姿に。
 それでも、金を払えば関羽が側にいてくれる。レンタル彼氏とはそういうものだ。
 あの頃はいくら物を与えても、けして俺を見なかった。だからこそ、今のこの現実が嬉しい。
「変わったのか、変わっていないのか」
 関羽がぽつりと呟いたが、俺は聞こえないふりをして台所に向かった。


 to be continued...



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