昨日まで友人だった相手と恋人になったとして、いきなり甘い雰囲気になれるかと言えば無理なのは男女間でも当然だと思う。それが同性の、親友と呼べる人物だったのだとしたら余計に。
「どうかしたのか、成歩堂」
「ううん、何でも。」
先を歩いていた御剣が振り返ってこっちを見るのに僕は笑って首を振った。仕事帰りのほんのひととき。
いつもであれば、どこかで飲んで近況やらどうでも良いことやらを話して、じゃあと手を振って帰宅していた時間、僕はデートスポットなる場所を『恋人』と歩いている。
ちょっと離れた駐車場に車を停めて歩き出した時から、右を見ても左を見てもカップルばかり。
それ以外は足早に家路へと急ぐサラリーマンやOL、とくれば、いったい僕たちは周りからどう見えるのかとぼんやり思う。
「成歩堂?」
「ああ、ごめん。ぼんやりしてた。」
周囲に気を取られてまたしても御剣に呼ばれる。とうとう立ち止まって僕が追い付くのを待つようになってしまった『恋人』のもとへ早足で向かって隣に並んだ。
「お前がこういうところを知ってるのが何か意外。」
「ム・・・気に入らなかっただろうか。」
「そうじゃないけど、こんな時間にこういうトコに一緒に来る日が来るなんて思わなかったからさ。」
京都の鴨川じゃないけど、適度に間隔を開けて立ち尽くすカップルたちに倣って、僕たちも立ち止まり、目の前に広がる海を見た。暗い海面は音だけを伝えてきて、遠くに見える夜景はそれなりにキレイだ。
だからといって、すぐそこの女の子みたいに「きれーい!」なんてはしゃぎながら御剣に寄りかかるなんてことはしないし、出来るわけも無いんだけど。
だから、当たり障りなく「海が好きなんだな。」なんて手にした缶コーヒーを飲みながら言ってみる。設定はデートスポットにうっかり迷い込んでしまった哀れな独身男二人。アチコチから感じる御剣への秋波に多少はイラっとくるけど、あくまで友人に徹してみる。
そんな僕の役に立たない演技に協力する気は無いのか、御剣は肩を竦めて「そうでもない。」なんて言ってきた。
「糸鋸刑事がデートするならココだと言うのでな。」
「はあ? イトノコさん、こんなところでデートするんだ。」
「ちゃんと聴きたまえ。デートするなら、と言っただろう。」
なんだ、イトノコさんの趣味か、と拍子抜けして言ったら即座に訂正が入った。別に法廷じゃないんだから、多少の違いは良いんじゃないかと思うけど、とりあえず飲み込む。
黙って言葉を待つ僕に御剣は居心地が悪そうに視線を反らした。遠くに飛んだ灰色の瞳は夜でもキレイだなあなんて思ってこっそりドキドキしている僕は、やっぱりコイツに恋してるんだと実感する。
「君と。」
「うん?」
ぼそりと呟かれたことに首を傾げて見返すと、御剣は慌ててまた眼を反らしながら続きを口にした。
「君と、初めて行くのならこういう場所が良いのではと思ったのだよ。」
「お前と仕事帰りに寄り道するのは、初めてじゃないだろ。」
「そうだが、そうではないだろう。君と私の関係は変わったのだから。」
ボソボソと加えられる情報と、ほんのりと赤みを増していく御剣の頬を僕はただ見つめてた。
たぶん、デートなんだろうとは思ってはいた。けれど。
「そんなにきっちり分けなくても良いんじゃないか?」
「ム・・・」
「いつもみたいに飲みに行って、くだらないこと喋って、バイバイっていうのもデートだろ。」
むしろその方がこんなわざと僕たちトモダチなんです、なんて雰囲気を意味も無く作ることもなく、ドップリ恋人気分に浸れたような気もする。
呆れて言えば、「それが嫌だから、ココにしたのだ。」なんて不満げに言われた。
「いつもと同じでは、君の意識は変わらないではないか。」
「は?」
「しかも、なぜ最後がバイバイなのだ。少しは別れを惜しむ気にはならないのか。」
「別れを惜しむって、また海外研修でもあるとか?」
「違う。」
ふう、と疲れたように溜息を吐く恋人を。
何故か恋人とともにいるはずの、女の子たちまでこっそり見て溜息なんてついてた。それに気づいて、御剣の戯言に何も言う気も起きなくて、僕は無言でヤツの腕を掴むともと来た道を引き返す。
「成歩堂、どこに行くのだ。」
「帰るんだよ。」
「まだ来たばかりではないか。食事も予約が・・・」
「それキャンセル。で、いつものとこで飲もう。駄目だったらお前んちな。」
「どうしたのだ、いきなり。」
戻って来た駐車場でようやく腕を話した僕を、心底困り切ったように御剣は訊いてきた。
「やはり、気に入らなかったのかね。」
「そうだね。」
「しかし、せっかく君と想いが通じたというのに、いつもの店とは。」
「御剣」
とりあえず店だけでも、と再考を提案する恋人を僕は真っ直ぐ見た。
昨日まで親友だと思うようにしてた、想い人を。
「あんなとこじゃ、何にも出来ないだろ。」
「成歩堂?」
「誰もが行くようなとこはもういいよ。それよりお前とゆっくり出来るとこが良い。」
でないと、せっかくの恋人と『友達』を演じないといけないから。
不可解そうな表情の恋人に言ってやる。
「僕はさ、お前とこういう風になれるなんて思ってなかったから、考えもしなかったけど。それでもなったからには思う存分、恋人でいたい。」
だから、恋人同士に浸れる空間に行こう、と言い切る前に腕を引かれた。バランスを崩した僕の視界を御剣のキレイな顔が覆い尽くす。
そして。
「確かにここは不適切だったな。私も君と早く恋人になりたい。」
きっぱりと言い切った天才検事は不敵に笑って、車に乗り込みアクセルを踏む。
未練も無く遠くなった場所を振り返って、豪華ディナーも惜しかったかなとちょっとだけ思って。
「成歩堂」
「うん?」
「いつも通りなのは構わないが、バイバイはやめたまえ。」
どこか懇願が混じったそれに。
どういう意味かと一瞬考えて、そこも醍醐味になるからと誤魔化しながらも、僕よりはるかに意識をカッチリ切り替えているらしい恋人にこっそり溜息を吐いた。
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