「ありがとう」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ その言葉の素晴らしさを知ったのはいつだっただろうか。 ふと青々と茂った草葉からの芳香に瞳を閉じて香りに身をまかせてみる。 彼と会ったのはいつだっただろうか。 彼と別れたのは、もうどのくらい前になるのだろうか。 瞼の奥に映るのは、白虎族の少年で。耳を済ませれば彼の声がすぐ隣から聞こえてくる様に思え、宮司はしばしそのままの体勢で想いに耽る。 思えば、長い様でやはり短い付き合いだった。彼と出逢った頃の自分は、確か今でも隣に彼がいると考えていたことだろう、と幼少時の安易な考えを自嘲気味に嗤った。 そう、彼はいない。 もう、隣にはいない。 声をかけてくる事は、もうきっと、二度とない。 いつの間にか握り締めていた拳が軋む音に気づき、彼は姿勢を変えずに力を抜く。 仕方が無かった、では済ませたくない、相棒の喪失。 ソレはもう何年も前のことであるにもかかわらず。 彼はまだ、捕らわれていた。 瞳を開こうとした矢先。 「うわっ?」 不意に突風が彼を襲い、辺りの落ち葉を舞い上げていく。そして、彼は耳にした。 気のせいかもしれない。いや、単なる空耳と考えるのが、妥当だという事も理解している。 それでも――。 「――アカツキ?」 ――風が、言葉を運んでくれた。 今度こそ瞳を開き風が去っていった方向に視線を寄せるが、薫風に舞う若葉が歌を歌っているのが映るだけだ。しかし、彼は先程とは異なる、柔らかな表情をその端正な顔に浮かべる。 「ありがとう」 誰にともなく、彼は呟いた。 感謝の言葉を。これ以上無いほどに、感情を込めて。 「ありがとう、アカツキ……」 ――了―― |
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