日常生活、ヒト場面 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 本番前。それは緊張感漂うそのときにしか感じることの出来ない特別なひと時――のはずである。 「あーっ!! リン、なんてことするんだよッ!!」 「レンがいけないんでしょ! レンが先にワタシの楽譜ぐしゃぐしゃにするからっ!」 「だからって破くことはないだろっ!」 「“ふかこーりょく”よっ!」 レコーディングルームに響く、幼さの残る男女の声。普段は綺麗に清掃されているその床にはバラバラに散った紙片が舞っており、その真ん中で同じ髪色をした少年と少女達が言い争っている。 「自分の馬鹿力、いい加減考えろよっ! どーすんだよ、これじゃまたマスターに怒られるっ」 「馬鹿って言わないでよ! 何よ、男のクセに一番弱っちいくせにっ!」 「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろッ!!」 互いに互いを批判しあい、指を突き刺しあう様は傍から見れば微笑ましい部分もあろうが、彼らにとってみればそんなことは一つもなく。 「マ、マスターにばれたらまたおやつ抜きに……、いや、下手すると一週間とか……」 少し遅れる、と伝言を残していた彼らの主人である青年の怒る様を想像し、レンはその身体を小さく掻き抱いて震わせるが、リンはそ知らぬ振りをして自分の楽譜の皺を伸ばしている。 「リン! なんでそんなそ知らぬ振りなんかしてるんだよ!」 「だってワタシ関係ないもんっ!破れたのだって、レンがさっさと手を離してれば破れなかったでしょ!」 「結局破いたのはリンじゃんかッ!」 喧々囂々とはまさにこの様。歯を剥き出しに威嚇しあう彼らが今まさに掴みかからんとしたときに―― 「ほう。中々面白いことをしようとしているじゃないか」 ――部屋中の空気分子を凍てつかせんばかりの、冷め切った声が部屋の扉側から聞こえてきた。 その声でリンもレンも動きを止め、首すら動かすことが出来ずにコツコツと近づいてくる足音だけで冷や汗を背中に流す。 「どうした、続きはやらないのか? あぁ、それとも、ココに散らばっている紙片など歌う価値もないと意気投合をしたところか?」 「「マ、マスター……」」 口を揃えてようやく青年の姿を視界に捉えれば、すぐ傍に立つ彼の顔には笑みが張り付いており、しかしその瞳は一つも笑っていなかった。 「ち、違うの! レンがいけないんだからっ!ワ、ワタシはマスターの作った歌、好きだし、歌いたいと思ってるのよっ!?」 「ちがっ?!リ、リンが俺の楽譜破いたからリンのせいだろ!?」 「ワタシだけのせいじゃないでしょ!?」 「だからってオレだけのせいにするなよッ!」 言い訳をしていたはずがいつの間にか再び互いの罵りあいへと変わり、少年少女の甲高い声が部屋に響き渡る。次第に激しくなる罵りあいを耳にしながらどういう経緯でそうなったのかを理解した青年は咳払いをするでもなく静かに膝を屈めて舞い散っていた紙片の一枚を手に取った。 「コピー、取っておけば良かったか」 ポツリと呟いた言葉は騒いでいる彼らには聞こえず、感慨深げに眺めていた青年は緩慢な動作で立ち上がる。 「もういい、わかった。そんなに喧嘩をしたいのだったら好きにしているがいい。今日は中止だ。俺もお前らの喧嘩に付き合ってられるほど暇人じゃないんでな。お前らが歌わないのならカイトやメイコに頼むだけだ」 二、三度手を打ち鳴らせばその音で慌てて口を結んだ彼らに冷めた視線を向ければ、レンは頭を垂れ、リンは上目で青年の機嫌を伺うように縮こまった。そんな彼らを一瞥するだけに留め、青年は彼らに背を向けるとそれきり一言も発さずに部屋を後にした。 「……どーする……?」 「どうしよっか……」 いっそのこと怒鳴りつけられたほうが楽だ、と二人で愚痴るも、そもそもの原因は二人にある。途方にくれて部屋の真ん中で呆然としていた彼らだが、どちらともなくしゃがみ込むと空調の風で時折揺らめく紙片を拾い集め始めた。 「とにかく」 「謝らないと、ね……」 リンの言葉をレンが引継ぎ、細かな紙片まで余すことの無いよう拾い続け、無言のまま拾い集められる紙片を一箇所にまとめると、パズルピースを繋ぐ様に紙片を一枚の楽譜に仕上げ直していく。 「ねぇ、レン」 「……なに」 「その……」 「なんだよ」 「……破いちゃって、ゴメン、ね……」 「……オレこそ、リンの楽譜ぐしゃぐしゃにして、ゴメン……」 部屋にあったセロテープで繋ぎ合わせながら、二人はお互いの顔を見ないまま謝った。 双子であるから知っている、互いの性格。いつも一緒だから、時に素直を必要とする場面が苦手なことも、互いに知っている。 だから、二人はそれきり何も言わずに作業に没頭した。 夕食時。普段は全員が顔を合わせるときなのに、この日青年は現れなかった。リンとレンもいつもより覇気がなく、それで事態を察したメイコは食事後に二人を呼びつけた。 「何、メイ姉ちゃん」 「コレ、マスターの分だから運んで。あんた達が何かやったんだから、あんた達で解決しないとね」 レンにその日の夕食を、リンにポットを持たせながら溜息を吐いたメイコはそのまま軽く肩を竦める。 「まったく。とばっちり受けたくないんだから、さっさと片付けてよね!」 「とばっちり、って……」 「ほら、さっさと行く! 食器当番アタシなんだから、早く食べるように言っておいてよね!」 メイコの物言いに思わず半笑いになったレンの背を押しながら付け加えた彼女にリンも苦笑し、押されるままに青年の自室へと向かった。 リビングから見て廊下の一番奥。誰の部屋とも隣り合っていない、青年の自室。ドアの前に立てば、中からパソコンのキーボードを叩く音がし、青年が何かしらの作業を行なっていることが知れた。 何を言われるか分からない、その緊張から小さく息を呑んだレンはリンに目線を送り、そのドアに手を当てて三回ノックする。 「マスター。夕食、持ってきました」 キーボードを叩く音が止まるが、返事はない。それを許可だと受け取った二人はそっとドアノブに手を掛けて中へと入る。部屋の真正面に位置するデスクに腰を掛けた青年は手に何かしらの書類を幾枚か持ったまま、チラリと入ってきた二人を一瞥すると声もかけずに作業に戻ってしまう。 「あ、あの……マスター……」 「そこらへんにでも置いておけ。食事を取っている暇など今は無い」 冷たい声が静まり返った部屋に木霊する。別段直接非難をされているわけでもないのに、それだけで身を縮こませたレンは、隣でやはり肩身狭そうに立っているリンに視線を向け、一度視線を交わした。 「マ、マスター……。その、さっきは――」 「謝ってすむのなら警察は要らない、という言葉があるな」 リンが言葉を紡ごうとした矢先、二の句を告がせない鋭い言葉を投げられる。青年の視線は部屋に入って一瞥されてからは一度も彼らに向けられず、その氷で作られた刃のような空気だけが部屋の中を満たしていた。 「歌いたくないのであれば、口にすればいい。あのような形で拒否を示さずとも、お前らが嫌ならば歌わせるようなこともしないからな」 怒っている。否、そのような言葉では表せきれないほど、言葉に怒気が満ちている。 「マ、マス――」 「当面、お前らを呼ぶことは無い。好き勝手にすればいいだろう」 それとも、と少しずれ下がったメガネを指で押し戻しながら、青年は続ける。 「もう一度、俺の目の前で俺の歌を破いて見せるか?」 突き刺さる皮肉。そんな言葉を吐きながら一度も視線を向けられない二人は言葉を無くしてその場に立ち竦むことしか出来ない。 カタカタとキーボードを叩く無機質な音が部屋に響き、それきり口を閉じた青年に対して、リンがおずおずと口を開いた。 「マスター、 違う、違うのっ。 ワタシ達、歌いたくないなんて無い! マスターの歌、歌いたいの! 歌わせて欲しいのッ!」 両手で抱えたポットにまで震えが伝わるほどに青年を怖れているリンが訴えれば、隣で俯いていたレンも口を開く。 「オレも、マスターの歌、歌いたいよ。それに、楽譜が破けたのはオレの所為でリンは悪くないし。その、せめてリンだけでも、歌わせてよ、マスター……」 「ちょっと、レン!?」 「オレが悪かったんだよ。そりゃ、全部オレが悪い、とは言わないのかもしれないけど、少なくとも原因を作ったのは、オレだし……」 顔を上げ、レンは夕食を青年のデスクの上に置きながら身を乗り出す。 「だから、リンまで怒らないで、マスター。三日でも一週間でも、おやつ抜きとかで済ませてくれるのなら我慢するからっ!」 パソコンの画面の隣で真剣な眼差しを向けていたレンに、青年の瞳が向き―― 「……言ったな?」 「……へ?」 ――口元に笑みが浮かぶ。 「いいだろう。リンはお咎めなし。その代わりレンは一週間おやつ抜きだ。どうせお前らのことだ、今は反省してるんだろう?」 今まであった凍てつく空気が何処へやら。眉間に寄せていた皺を幾分か緩めた青年は、レンが運んできた夕食に手を伸ばす。 「え……? え?」 「……マスター、騙しましたね」 青年の豹変振りにレンは頭が追付かず間の抜けた顔を晒すが、少し離れた位置に立っていたリンがポットを食器の傍に置きながら青年に非難の眼差しを向ける。 「騙す、とは人聞きが悪い。お前らが反省しているかどうかを試したまでだ」 「あれだけ冷たい態度取る必要性は無いでしょ?!」 「俺は普段と変わらない口調だったと思うがな。勝手にそう感じたのはお前らだ」 リンと青年のやり取りで、ようやくレンの思考回路が動き出す。 「えーと、その、つまり……」 「マスター、はじめっからおやつ代削減狙ってたってことよ!」 レンが思考をまとめ、そうでなければいいな、と考えだした結論を、憤懣やるかたない、と胸の前で腕を組んだリンが言葉に直した。 「別に食事代削減を狙っていたわけではない。レンが自分からそう言ってくれたから、それで許そうと言っているんだ」 「その為に、あれだけ怒ったふりしてね!」 唸り声を上げるリンに対して青年は苦笑し、レンと同じ様に身を乗り出してきた彼女の頭を撫でる。 「そんなに怒るな、というか、そもそもお前が怒るのは見当違いだろう。お前はお咎めなしで済んだんだからな」 「……まぁ、確かにそうですけど……」 青年の言葉を肯定しつつもやはり気に食わないのか、リンは口を尖らせる。 「どうせ俺にちゃんと謝ろうと思ってあれだけ破れた楽譜を直したんだろう? それで充分だったんだがな。レンはどうしても罰が欲しかったみたいだから」 「そ、そんなことないよッ!」 「しかし、男に二言は無いよな」 「うっ……」 リンに遅れて状況をようやく理解したレンが慌てて前言撤回を求めようとするも、青年は目元まで細めて微笑みをレンに向ける。 それが前言撤回を認めない答えであり、それを覆すことは絶対に出来ないことをリンもレンも知っていた。 「……マスター、ホント、いい性格してますよね」 「誉め言葉と受け取っておこう」 不敵に笑う青年に、双子は揃って大きな溜息を吐いた。 ――了―― アトガキ(という名の謝辞) 拍手お礼のつもりで短く仕上げるつもりが、物凄く長くなってしまいましたι ありがとうございます、和紗です。 や、何分これまで一本しかなかったから拍手お礼上げようかなー、という気まぐれ駄文ww そして、いつもとは違うテイストです。会話分多めのラノベ風味(?)。 とにもかくにも、皆様の拍手・そしてコメントが何よりの創作意欲となっていますので、そのお礼を兼ねて、です(^^) とりま、拍手、ありがとうございましたーっ!何か感想などありましたら、お気軽にどぞ☆です(^^; 2008/05/09 伴 和紗 拝 |
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