捲天

















 捲簾の、美しいくらいの黒目が僕を見る。





「俺、お前に逢えて、幸せだったと思うよ」





 そんな聞き慣れないこと言うものだから思わず噴き出してしまっ

たけど。

 あまりに真剣なその男の顔に、少し戸惑う。

「何の心境の変化ですか」

「………心境の変化とか、そんなんじゃねえよ」

「じゃあ一体何なんです。貴方が突然そんなこと言い出すなんて、

柄じゃない」



 そう、柄じゃない。



 この目の前の男は、いつもへらへらしていて、誰一人心から信用

している者などいなくて、そしていつも、どこか孤独だった。

 人を信用しないことで訪れる当然の孤独などではなく。

 自分から他人との深い繋がりを断つような、そんな孤独だ。自ら

孤独を求め、自分の領域に一歩でも踏み込むことを許さない。

 それはただの「信用しない」程度のことではない。

 明らかな「拒否」だ。



 そんな男だからこそ、「逢えてよかった」なんて生ぬるく、真実

味に欠ける言葉は似合わない。

 そう、柄じゃないんだ、貴方は。



「俺、お前のこと大嫌いだよ」

「奇遇ですね。僕もです」

「でも大切だ。お前になら死ぬまで付いていってもいい」

「迷惑です」

 煙草を一本取り出して、火をつける。

 白い歪んだ煙が僕と捲簾に割って入ってくる。

「………で、だから何なんですか」

「何…、うんそうだな、それは考えてなかった」

「はあ?」

 思いきり、見て取れるくらいに眉を歪めてやる。

「ただ今、何となくそう思ったから言っただけ」

「……意味わかんねー…」

「お前こそ柄じゃねえよ、そんな言葉遣い」



 知ったことか。



「俺、南方軍に行くよ」

「……へえ」

「お前との仕事も終わりだ。西方軍大将・捲簾としての人生は、二

週間後に終わることになった」

「随分急な移動ですね」

「……南方軍元帥サマの手引きのせいだな」

 あのムチャクチャすることで有名な南方軍元帥に、気に入られて

しまったわけか。そして僕に断りもせず、引き抜き。



 ああ、だから。



「寂しいんですね、貴方」

「寂しいよ」

 素直に認める。「何も考えてなかった」なんて真っ赤な嘘。本当

は脳味噌の中がどろどろに溶けて真っ黒で、悩み事がありすぎても

う、どうにかなってしまいそうなんでしょう。

 だから突然、あんなこと。



「僕も、貴方と戦えてよかったです」

「………天蓬」

「貴方が西方軍に来なければ、僕はきっと死んでた」

 貴方が助けてくれたのだ。

 重いものを背負いすぎる僕を。皆を信じて戦えと言ってくれた。

自分は何ひとつ心から信じていないくせに、僕には自分や仲間を信

じろと言った。

 信じて、共に戦ってきて、幕引きはこんなにもあっけないものな

のか。

「部下達にも報せなきゃいけませんね。明日の朝にでも集会開きま

すか。めんどくさいなあ」

「なあ、天蓬」

「書類ちゃんと作っといてくださいよ。えーと印鑑は、」

「天蓬!」



 気付いたら、後ろから抱きすくめられていた。



「なんで何も言わねえ?」

「言ってるじゃないですか。書類作って正式な移動するには、」

「そうじゃねえよ。引き止めなくていいのかよ?お前にとって俺は

そんだけの存在か?書類に印鑑押してハイさよなら、の関係かよ」

「………そんなこと言われても」

 貴方、言ったって聞かないんでしょう。

 もう移動を決めてしまったのなら。

 納得していないなら、断ったはずだから。



「何を、僕に言って欲しいんですか」

「……言いたくなかったが…俺が移動しなきゃ、西方軍に手え出す

って脅されてる」

「…それを、僕に言いたかったんですか?」

「違う。本当は隠し通すつもりだった」

「なら何故」





「……お前と、理由もなく離れたいなんて思うわけねえだろ…!」





 抱き締める腕の力が一層強くなる。

 初めて見た。捲簾の、こんなに歪んだ一面を。いや、むしろ、真

っすぐ過ぎるのだろうか。

「お前と本当は離れたくなんかねえ。死ぬまでお前の隣で戦ってい

たかった」

 骨の張った、大きな手だ。

 指先には、戦場で付けた傷痕がうっすら残っている。

「お前はどうなんだよ。移動するって言われれば、それで簡単に別

れられるって、その程度だったのか。お前にとって俺は、その程度

にしかなれてなかったのか」



 ―――そんなわけ、ないじゃないか。



 本当は、髪の毛引っ掴んででも行くのを止めてやりたい。南方軍

なんかに行かせたくはない。死ぬまで、そう、僕が死ぬ寸前まで傍

にいて、僕の視界の最後に写れば良い。

 そう思っていたけれど。

 笑いも怒りもせず、淡々と「移動する」と告げられて、止められ

るわけがない。もう本人の中で決着の着いている問題に僕は口を挟

めるわけがないのに。



「……卑怯だ」

「…ああ?」

「そうやって自分だけ弱味を吐露してって、僕に弱い部分も何もか

も置いていく。捨ててく方は楽でしょうけど、残された僕は重いば

っかりですよ」

「…………」

「大体、僕のこと大嫌いとか言ってる男にそんなこと言われる筋合

いはない」



 きっぱり言い切った。

 捲簾も、そりゃそうだ、とこの固く締めた腕を解く。

 ―――はずだったのに。





「…好きだ」



 腕の力は、さらに強くなる。

 息が苦しい。この馬鹿力に締め付けられて、本当に折れそうだ。

「大好きなんだよ。知ってんだろ、それくらい」

「……さあ」

「しらばっくれんな。お前が大切だ。ずっと好きでいたい」

 ずっと、好きで。

「こんなこと言って、余計お前に重いの置いてくが……俺はお前が

自分の命より大事だし、元帥として尊敬してっし、何より」



 一呼吸置いて。





「一人の人間として、愛してるから」





 愛している。

 誰一人として信用していなかったこの男に、人間として究極の言

葉を吐かれた。「誰よりも信じている」とさえ言い換えられる言葉

だ。意味分かって言ってるのか。



 残ったのは、疑心と安心。

 悪くない。





 すぱあ。

 ずっと止めていた煙草の煙をゆったりと吐き出して、目の前が真

っ白になる。ふ、と緩んだ腕を軽く解いて、身体を反転させる。

 目の前に、自分よりも目線の高い顔。



「全くどうかしてる」

「ああ、そうだな。てか、臭え」

「我慢しなさい。この匂いが嗅げるのも今のうちでしょう」

 煙草をもう一度深く吸って、灰皿に放り込む。

 ふう、と吐き出して、白くなった視界の中で、微睡んだようなぼ

んやりとした頭で、深く考えずにキスをした。



 もう、どうにでもなってしまえ。





 どうせいなくなる男なのだから。



















 終





 軽いパラレルというか、原作から大きく外れた感じの物語ですが…

 私、このくらい糖度低めな、コーヒーで言うと微糖~低糖くらいが

 最高に好みです。

 すいません。





ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)

あと1000文字。