ファーマーVが加入するまで

「マギーお姉さん、あたし、冒険者になるわっ」

 それは皇帝ノ月5日のこと。買い物から帰ってきた途端、宣言した三女の言葉に私は心底驚いた。

「ベスちゃん、いきなりどうしたのよ~?」

 思わず取り落としそうになったボゥルを慌てて抱えなおす。危ない危ない、今日の夕食がメインディッシュ抜きになるところだった。

「あたしの王子様を見つけたのよ」

 買い物袋を抱きしめ、瞳にキラキラと星を浮かべているその姿は、疑うことない恋する乙女。まぁ、彼女もお年頃だ、誰かに恋愛感情を持つことは当然ありうる出来事だろう。だが。

「王子様~?」

 すっとんきょうな問い返しをした私を、誰が責められようか。
 海都アーモロードには現在、王子様と呼ばれている存在が多い。冒険者として世界樹の迷宮探索のためにやってきているからだ。だが、三女が言う王子様が比喩であることを私は祈る。

「そう、王子様っ、生まれながらにして本物の、とーってもかっこいい王子様なの」

 ……どうやらその祈りを聞き届けてくれる神様は居眠り中らしい。

「あらまぁ~、ベスちゃんもお年頃なのね~。誰なのかしら? 可愛い妹を射止めた王子様は~」

 いったい、どこの馬の骨王子なのだ、恋愛に免疫のない農家の娘をたぶらかしたのは。思わずボゥルの中身を捏ねる手に力を込めてしまう。
 ここは大人の常識に従って違う身分の人間に恋することは無駄なことだ、と諭すべきか? いや、それはやるだけ無駄だ。反対すればするほど、ムキになる性格の三女のこと。恋の炎はかえって盛大に燃え上がってしまうだろう。

「やだぁ、マギーお姉さんったら。まだあたしの片想いなのよ? 王子様は快くギルド加入は許してくれたんだけど」

 なるほど、身内に取り込んでメロメロにさせてから、美味しくいただこうという寸法か。なんという悪知恵の働く王子なのか。いや、三女は王子だと信じているが、本当に生粋の王子なのか? 純粋な少女を騙している可能性だってあるのだ。

「まぁ、もうギルド加入をしてきちゃったの~。ジョーさんやギル君、反対するかもよ~?」

 もちろん、私も本音は反対なのだが。ここは真っ向から反対するよりも、味方だと思わせて内側から崩していく手法を用いるのが一番だろう。真っ向反対を正々堂々としてくれる面子は、画策しなくても、今、名を上げた次女や長男がなってくれるだろう。

「やっぱり、そう思う? 二人とも、農夫は迷宮に潜るよりも畑の面倒を見るのが一番だ、って考えているものね。でも、反対されてもこの気持ちは揺るがないわっ、あたしはもう王子様しか見えてないのだからっ」

 恋に恋するお年頃特有の症状だ。それに彼女の勝気な性格が合わさったら、本当に一直線にしか進まないだろう。物事が下手に動いたら、家出をするかもしれない。

「だったら~、その王子様、一度うちに来てもらったらどうかしら? 人となりを見たら、ジョーさんもギル君も反対しないかもしれないわよ~。エイミちゃんも安心するでしょうし」

 三女が大事にしている、いや、兄弟全員が一番可愛がっている末娘の名も出して、なんとか王子をおびき寄せようと試みる。
 敵と相対するときは、ホームグラウンドに呼び込んでから。逃げ場をなくしてから、じっくりと化けの皮をはがせば、恋に盲目状態の三女の目から鱗が落ちるだろう。人間、誰だって慣れない場所では失敗をしでかすものだし。

「さっすが、マギーお姉さんっ。いい考えだわ。じゃあ、明日になったら王子様にお願いするわ、うちに来て下さいって」

「えぇ~、ご都合がつく日のうち、できるだけ早い日にうちに来ていただくようお願いしてね~。大事な妹を預ける方なんですもの、ちゃんとご挨拶をしないと~」

 その日こそが馬の骨王子、あなたの命日だ、と私は心の中で堅く誓ったのである。
 愛用の包丁、今晩のうちにしっかりと研いでおこう。



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