【万華鏡―参―】 ――ありがとうございます・・・・ ふんわりと柔らかく浮かべられた微笑みが、何故かくっきりと脳裏に焼きついていた―――。 「・・・一体、あれは誰だったんだろう・・・・」 墨を磨る手を止め、昌浩は視線を遠くへと馳せた。 その視線はどこか茫洋としており、傍から見てもその意識があらぬ方向に飛んでいるのがわかる。 そんな昌浩のすぐ傍で体を丸めて控えていた物の怪は、その様子を見ていて呆れたように溜息を吐いた。 「・・・おい、手が止まってるぞ?」 「・・・・・・・」 「聞いてるのか?晴明の孫」 「孫言うなっ!」 「・・・それだけはきっちり反応するよな、お前は;;」 『晴明の孫』という言葉に過敏に反応を返す昌浩に、物の怪は思わず半眼になる。 そんな物の怪の視線に気がついた昌浩は、誤魔化すように一つ咳払いをすると改めて居住まいを正して物の怪へと視線を向けた。 「・・・・で、一体用件は何なのさ?もっくん」 「はぁ・・・。だからなぁ、手が止まってるぞ。さっきから・・・・」 「へ?・・・あっ!」 初めは何を言われたのかわからなかった昌浩。 しかし改めて己の手元へと視線を落として墨を磨る手が止められていることに気がつき、慌てて作業を再開する。 しばらくの間、しゃこしゃこと墨を磨る音だけが静かに響く。 墨の磨る音に耳を傾けていた物の怪は、改めてその口を開いた。 「――それで、何か気になることでもあるのか?」 「え・・・?」 「『一体、あれは誰だったんだろう』って、さっき呟いていただろうが」 「あ、あぁ・・・あれね。朝見た夢・・・・」 「?覚えてないんじゃなかったのか??」 今朝の昌浩との遣り取りを思い出し、物の怪は怪訝な表情を浮かべて昌浩へと視線を向ける。 物の怪の疑問に、昌浩は「そうなんだけどね・・・」と頷いて返した。 「一部分だけ、何となく覚えてたみたい」 「・・・それがさっきの言葉に繋がるのか?」 「うん・・・誰かが――女の子かな?笑ったところだけね。顔の方はぼんやりとしてはっきりとは思い出せないけど・・・」 「それが気になるのか?所詮夢は夢だろう。それほど気にすることか?」 「そうなんだけどね。笑顔がね、綺麗だったから・・・・」 昌浩はそう言って、ゆるりと笑みを浮かべた。 「昌浩、お前・・・・」 「安倍殿――!!」 物の怪が何かに驚いたように目を瞬かせて言葉を紡ごうとした瞬間、第三者の声に遮られてしまった。 少し離れた所から聞こえてきた声にはっと我に返った昌浩は、慌てて立ち上がる。 「は、はいっ!」 「安倍殿。すまないがこの書類を至急届けてもらいたいのだが―――」 そう陰陽寮の者と話をしている昌浩の姿を見ていた物の怪は、そこで漸くゆるゆると詰めていた息を吐いた。 昌浩が先ほど浮かべた笑顔。 それは彰子と共にいる時に浮かべられる照れを含んだ幸せそうな笑みに勝るとも劣らない・・・・・ 柔らかな笑みだった。 ――お慕いしています・・・・。 ――心の底から、貴方様に逢いたいと思っております。 ――私の声は貴方様に届きますでしょうか? ――私の手は貴方様に届きますでしょうか? ――私の想いは、貴方様に届きますでしょうか・・・・? ――逢いたい。逢いたいです・・・・。 ――魂よ、どうか縛られることなく、彼の方の許へ。 ――今、逢いに行きます・・・・・・。 ――待っていてください。昌浩様・・・・・・。 ※呟き※ えっと、随分と久しぶりに拍手の小説を更新しました。 連載のはずなのに全然お話を更新していなかったので、どんなお話を書こうとしていたか忘れてしまいました;(うぉい!?) まぁ、こちらも時間を見つけてじりじりと更新していきたいと思います。 次回には、もう少し場面に変化をつけたいな・・・(希望)。 |
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