傑が微睡んでいる。
寮の共有スペースに置かれたソファはせいぜい三人程度しか座れない大きさなのだけれど、傑はそこにどっかりと長い足を広げて座り、肘掛けに突いた頬杖に頭を預けてはこっくりこっくりと前後に頭を揺らしている。ラフなオーバーサイズめの白いTシャツに長い髪が散らばって、普段鋭い眼光を宿す瞳は白い瞼の向こう側。唇は無防備にも薄く開いてしまっている。お風呂上がりに彼の背姿を見つけ、今日の出来事でも喋ろうかとその隣に腰掛けた私は、そんな光景を眼前に突き付けられてうっかり生唾を飲んでしまった。ここに、いつもの髪をきっちり結った隙のない夏油傑の姿は存在していない。任務に疲れて眠りそうになっている、ただの男の子の姿だけがある。
こんな風に傑のことをまじまじと見るのは初めてだ。身体は大きくて筋肉質なのに、顔の皮膚は白くて、薄そうで。透き通るような肌とはこういうことを言うのか。普段まとめ上げられている髪は彼の肩の上で軽くうねり、意外と柔らかそうに見える。私は悪戯心を抑えきれず、気配を極力消しながら彼の髪へと手を伸べた。指先が、彼の髪のひとふさを捉える。軽く撫ぜるように持ち上げると、さらり、十二分に潤った健康的な髪が私の指を伝って彼のデコルテへとこぼれ落ちた。
「…ほかにもあっただろ」
それまですうすう寝息を立てていた筈の唇が突然流暢に喋り出した。ぎょっとして身を強張らせた一瞬の隙に、傑の手がしなやかに持ち上がって私の手首を強めに拘束する。瞼が淀みなく開いて、愉しげな三白眼が私へと向けられた。唇の端が持ち上がり、その表情に若干の不穏さを添える。
「それとも、私の髪以外には興味がなかった?」
見間違いようもなく完全に覚醒した傑が、頬杖から頭を持ち上げて私に問うた。いや、初めから覚醒していたのかもしれない。今まで眠りかけていたにしては、私をソファの背もたれへと追いつめるその表情がいきいきとしすぎている。
「なんで寝たふりなんか…」
「寝てたよ」
この男はたまに涼しい顔で嘘を吐く。「嘘つき」突き刺すように言うも「本当だよ」なんてひらりと躱される。狸寝入りならぬ狐寝入りだ。騙された。今夜に限って硝子も悟も任務で不在にしている。…だからか。傑が私に、こんな罠を仕掛けたのは。逃げ場を失った私の背がソファの背もたれをずるずる滑り、傑は着々と私との距離を縮めていく。吐息が混じった。これ以上はもう、退がれない。
「私がされたかったことをするよ、いいね」
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