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↓お礼文章・ED後、初キスばなし(現在5種類)




風邪ひきとキス


今日はそんなに早かったっけ?腕時計を見て、私は首をかしげた。
サークルのミーティングに参加したから、むしろちょっと遅くなったなと思っていたのに。
階段下の海岸をざっと眺めてみても、いつもこの時間ランニングをしているはずの大迫先生の姿が無い。残業だろうか。
携帯電話を取り出してメールを見てみたけれど特に何もなし。
秋も深い今日この頃は日暮れが早い。一気に冷えてきた気温の中で、私はマフラーに顔を埋める。
階段に腰を下ろし、少し待ってみようと文庫本を取り出したところで、
「オッス!」
かけられた声に耳を疑った。振り向いた先には、寒さで頬を赤くした先生。
「…大迫先生?」
「いや〜、すまん!遅くなったぁ!」
苦笑しながら謝ってくれる大迫先生の声は、一晩を全力でカラオケに費やしたかのように恐ろしくか細い。
「…なんですかその声」
「…あー、いや、うん…」
決まりが悪そうな先生。
完全にこの秋流行の風邪の症状だった。

「もうっ、風邪を引いたんなら私に構わず帰ってください!その顔は熱もあるに決まってます!」
先生のスーツの袖を引っ張り、ぎぃぎぃと鳴る階段を上る。
先生の「恋人」にしてもらってから教えてもらったことだけど、この木造2階建ての古いアパート201号室が先生のおうちだ。
上がらせてもらったことはまだ2回くらい。誤解なきように言っておくと、期待したようなことは起きていません。
もう遅いとか暗くなるとか風邪がうつるとか、小言は無視。
さっさと部屋に上がりこんだ私はさっそく布団を敷いて、フラフラと着替えを済ませてきた先生を押し込む。
「お、おい、さつき…」
小言は無視無視。
汗ばんだ前髪を指ですきながら掻きあげ、おでこに触れてその熱さに驚いた。
逆に私の手は外の気温で冷え切っていたから、冷たさに驚いたのか、先生がぎゅっと眉根を寄せてしかめ面をする。
「あ、すみません。手冷たくて」
「ほんとに冷たいなぁ、冷えたんじゃないか?」
「大丈夫です。でも、本当に急に寒くなりましたね。季節の変わり目ですね」
外はすっかり暗い。小雨も降っているようだ。
「傘持ってるか?帰り送るからな」
この期に及んでまだ心配そうに小言をくれる先生に苦笑する。フラフラなのに何を言っているんですか。もう。
雨を気にするふりをして窓のほうを向いて、ため息とちょっと寂しい気持ちを隠す。
先生は、私をいつまでたっても心配してくれる。それはくすぐったくて嬉しいことなんだけど、
どうやったってそれが保護者目線なこともずっと変わらない。
「…」
「五月?」
見上げてくる先生の目に、胸が苦しくなる。
私はいつのまにかとても贅沢になったみたいだ。
思いを伝えていい立場にいさせてもらえるというだけで、ものすごい進歩なのに。
「私ばっかり好き」それは全然悪いことじゃない。そうだ。
離れがたい手を離して、私は先生のおでこに冷却ジェルシートをぺちんと少し乱暴に貼った。
「いてっ」
「食欲ないですよね。あとで暖めるだけで食べられるもの、少し用意しておきますね」
明日は幸い休日だ。先生もゆっくり休めるだろう。休日になるまで我慢するあたり、先生らしいというかなんというか。
先生は、少し慌てたように身を起こした。
「俺の事はもう良い。十分助かった。後は自分でどうにでもするから、お前はもう…」
「先生、私に迷惑をかけていると思っているなら勘違いにも程があります!」
シュシュで髪を首の後ろでくくって私は胸を張る。
「これは点数稼ぎです!彼氏の風邪の看病、手料理、ポイント高いに決まってます!」
ハッキリ言ってしまっていっそスッとした。
そうだそうだ。「私ばっかり好き」で何が悪い。初めからそうだったじゃない。
点数をかせいで、好印象をいっぱい持って貰って、好きになってもらうんだから。
大迫先生は数秒ポカンと私を見つめ、次いでこらえきれないというように笑い出した。
喉が腫れているんだろう、笑い声さえかすれていて、私は胸が痛くなる。
「それを言ってしまったら、点数稼ぎの意味がなくなるんじゃないか?」
ゲホゲホと、辛そうな咳。思わず近づいて先生の背中をさする。
「言ってしまって良いんです。言わなかったら先生はただの親切だと思うでしょう?」
大体、先生は私への評価が高すぎる。
私は善人である自信はあるけれど、贔屓はするし拗ねるし嫉妬だってする。すごくする。
とてもじゃないけど聖人君子ではありません。だからこんなに苦しいんです。
「先生が好きだからやってるってこと、わかってもらわないとダメです」
熱が高いせいだろう、赤く充血した目で先生が私を見る。
そうだ、さっきりんごジュースとかスポーツドリンクとか買ってきたから、せめてあれを飲んでもらおう。
何もお腹に入れないで薬を飲むよりは良い筈だ。

立ち上がりかけて、急に熱い手で右手をつかまれた。
ぎゅっと絡められた指。その力の強さに驚いて、思わず振り向いて、
くちびるに、やわらかいものが触れて、
「……んっ」
2回、3回、やさしく食まれて、離れた。
え、なに、今の。
呆然と、焦点も合わないほど近い大迫先生の目を見つめる。
ゆるゆると、黒い瞳が緩められる。ゆっくりと顔が傾けられて、またくちびるが触れ合う。
頭のてっぺんからつま先まで、一瞬で電流が駆けた。


「うどんがいいな」
ちゅっと音を立ててくちびるが離れた途端、先生のくすぐったそうな笑顔。
「点数稼ぎしてくれるんだろう?」
この日、先生のうちの冷蔵庫に冷凍うどんしか食料がなかったことや、
私が卵とじうどんを作るまでに卵を2個ダメにしたことは
のちのちまで語られる笑い話になる。






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