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Pretty Bouquet (エール)

「お前、熱でもあんのか?」
 お昼を終えて会社に戻った途端、同僚に冷やかされてエースはムッと口を引き結んだ。
「…うっせーな」
 そう言われる理由は自分でもわかる。
 左手に持ったガーベラの小さな花束は、体で隠しても横から見れば丸見えだ。
「何持ってんだ」
「彼女の誕生日かよい?」
 ワイワイとからかう同僚達。どの面々もエースに似合わない花束というアイテムに興味深々で、ニヤニヤ笑っている。
 お前らあっち行けよと威嚇しながら、エースは自席に着いた。
 花束はとりあえず空の筆立てに立てて、机の下に置いておく。花屋が言うには、バケツに水を張って入れておけば長持ちするとのことだが、残念ながら会社にバケツはない。幸い今は暑い季節ではないので、数時間ならそのままでも大丈夫だと花屋は請け負ってくれた。

 チラリと足元の花束を視界に入れて、エースはつい微笑んでしまう。
 オレンジ色の太陽のような花が数輪入った可愛い花束。
 大切な大切な弟のイメージにピッタリだ。
 
 お昼から会社へ戻る道すがら。いつもは素通りする花屋の店角にこの花束が飾ってあった。
 見た瞬間ルフィの笑顔が頭に浮かび、思わず足を止めたのだが、それが間違いだった。近くで花束を見たらますます可愛い弟が頭から離れなくなって、買わずにはいられなくなってしまったのだ。
 
 ルフィそのもののような花束だ。
 そのまま店頭に飾られて、誰かに買われてしまうなんて許せなかった。
 
 自分でも馬鹿げた考えだと思うが、買った花束を手の中に収めたらなんだか幸せな気分になったので、まぁ良しとする。

 そういえば花束を買うなんて初めてかもしれない。これまでどんな女と付き合っても、誕生日にもクリスマスにも花束を贈ろうと思ったこともなかった。
 仲間からも恋愛には醒めてると言われることもあったが、今の自分は全く違う。

 ルフィと想いが通じ合ってから、おれは変わった。
 あいつの喜ぶことはなんでもしてやりたいし、あいつの表情を曇らせるものは全て取り除いて、いつだって笑顔を見ていたい。
 熱があるのか?と聞かれたら、まさにその通り。
 すっかりあいつにのぼせている。

 長年の片思いがようやく実ったのだ。浮かれていてもしかたないだろう。
 そう自分に言い訳をして、最後に一度足元の花束に視線を向けると、エースは午後の仕事に取り掛かった。
 しかし時折、この小さな花束を受け取った時のルフィの満面の笑みが頭に浮かび、にやける顔を戻すのに苦労する。そんなエースを周囲の同僚達は『大丈夫か、コイツ?』という目で見ていたが、幸い彼がそれに気付くことはなかった――



 その日の帰り道。
 (意外と花束持って歩くのは恥ずかしいモンだな)
 小さな花束とは言え、スーツ姿にオレンジ色はよく目立つ。通り過ぎる人々がチラチラと手元の花束を見ているような気がして落ち着かない。
 しかも、冷静になって考えたら、ルフィが花束を喜ぶとは到底思えない。
 (アイツに買うなら花束より食いモンだよなぇ…)
 花より団子を地で行く弟を脳裏に浮かべ、エースは苦笑いした。
 もともと花束を買ったのは完全な自己満足だから、別にルフィにプレゼントしなくてもいいのだが、想像の中のルフィにこの花束があまりにも似合っていて、現実でも持たせてみたい誘惑に駆られる。
 実際に想像しているような満面の笑みを向けてくれるかは、いささか疑問ではあるが…

「ただいまー」
 玄関を開けて室内に呼びかける。リビングの扉から光が漏れているから、ルフィはもう帰ってきているようだ。
「エース、お帰り!」
 リビングを覗くと、ルフィはダイニングテーブルでレポートを書いていた。ノートPCから顔を上げていつもの笑みを向けてくる。しかしすぐに笑顔は消えて、怪訝な表情でルフィは首を傾げた。
「…その花束どうしたんだ?」
 どんなに小さくても花束は目に付くものらしい。なんと答えたものかとエースは頭をガリガリと掻いた。
「あー…お前に、買ってきた」
「えっ!?」
 隠しても仕方がないので素直に告げると、ルフィは驚いた顔で立ち上がる。
「誰かにもらったんじゃねーの?」
「イヤ、つい買っちまったんだが…」
 照れくさいし、自分でも馬鹿なことをしているという自覚があるだけに、エースの声は次第に小さくなる。手元の花束はやっぱりルフィのイメージにピッタリだけれど、男から男への花束なんて寒いだけかもしれない。
 苦笑しつつ『やっぱり食い物のほうが良かったな』と言いかけたエースは、そのまま動けなくなった。
「…ルフィ?」
 一瞬の隙に、一回り細く背も低い弟が背伸びしてエースに抱きついてきていた。
「エース!ありがとな!」
 早くくれ!と手を出され、驚いたままのエースが花束を渡すと、想像通りの満面の笑みが返って来る。
「食いモンじゃねーけどいいのか?」
 予想外に喜ばれ、思わずそう呟いてしまう。
 エースの言葉にルフィはキョトンと目を見開いて、またしししと笑った。
「なに言ってんだ。エースがくれるもんなら、石ころだって嬉しいに決まってんだろ!」

 ……やられた。
 そういえばコイツはこんなヤツだった。

 赤くなる顔を隠すために、エースはルフィの肩口に顔をうずめる。ルフィはどうしたんだ?と聞いてくるものの、振りほどいたりすることはない。

「なんつーくどき文句だよ、それ…」
 エースが好きだと全身で伝えてくれる可愛い恋人には、一生勝てそうもない。熱烈な告白は彼にとっては無意識で、やられてしまうのはいつもエースばかり。

「…ルフィ」
 耳元で名前を囁いて、顎に手をかけ上を向かせる。長年焦がれてきた甘い唇をそっと啄ばむと、それだけで幸せが胸に溢れてきて、エースはゆっくりと微笑んだ。
 (ま、幸せだからいいか)
 結局のところ、エースはルフィが好きで、ルフィはエースが好き。それ以外のことはどうでもいい。
 
 数年間の片思いが実り、彼らは今まさに蜜月であった。
なんとなく雰囲気で読んでいただければ、と。エース24歳、ルフィ21歳くらいのイメージで。サラリーマンの兄ちゃんと大学生の弟。両思いになったばっかりのあまーい感じを楽しんでいただければと思います♪(本編はありませんw)
イメージソングは安部恭弘さんの「誕生日には花を買おう」。多分若い人は知らない。同世代でも8割方知らないと思うけどorz



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