1. 探偵と助手



 ああ、やっぱり、他の探偵のところへ行けばよかった!
 腕が良いっていうだけで選んじゃいけない相手だったのよっ!!
 時間よ、戻れ! この人の助手なんか、やってられないわっ!!!

 ええ、あたしは確かに探偵を探してたわよ、金持ち……じゃない、著名な人達が依頼に来る探偵の下で働きたかったの。だから、その探偵の評判までは右から左に聞き流していたのよ。だって、あたしは別に依頼をしたくて探偵を探していた訳じゃないもの。でも、そうね、その人の下に働こうというんだから、大事よね、人柄。
 ハッキリ言って、ここの探偵の性格は最悪かつ最低!
 もしあなたが心底困っていて、探偵の力を借りたいのだとしても、あたしは絶対にここは勧めないわよ。
 探偵は性格に問題があったらやっていけないんじゃないかと思うのだけれど、何故かここは繁盛している。誉め言葉を知らない探偵の口を開かせないよう、一応、あたしが依頼人の話を聞いている。探偵からは、細部まで思い出せることは全部聞き出せと言われているので、メモは欠かせない。何か気になることがあれば、勿論、探偵が口を開く。
「くだらない。一体、それのどこが謎なんだ? 答えは明白じゃないか。推理するまでもない。もう1度家に帰ってよく考えることです。出口はあちらですよ」
 まあ、大抵は、お断りの言葉なんだけど……。
 こうやってほとんど全ての依頼者を怒らせ、断っているにもかかわらず、事件解決の依頼が多いのは、この探偵の頭がべらぼうに良いからかもしれない。ああ、『天は二物を与えず』っていうことわざは、
「でたらめ」
 冷たく、透明な声が背後から降ってきたので驚いて振り返ると、そこには素晴らしく美しい佇まいで立っている長身の男がいた。肩から流れ落ちる髪は日差しを受けて白く輝く白金色。これ以上はない配列で歪みもなく納まる形の良い薄い唇はキュッと結ばれ、声と同じように澄んだ青灰の瞳をすがめたその男は、感情を隠そうともしないであたしを見下ろしていた。
 冷たい眼差しがなければ、しばらくぼうっと眺めたくなる美貌の持ち主こそ、あたしの雇い主、探偵シャルル・アルディ、その人だった。
「この間の依頼人は、断る前に勝手に怒って帰って行ったんだ。単純明快な物事を複雑怪奇にして大事にしたのは、前々回の依頼人だ」
「依頼人を怒らせて依頼を受けなかったなら、どちらも同じよっ」
 無駄なことと知りつつ、ノートパソコンを閉じてそう言うと、彼は持っていた新聞紙でポカンとあたしの頭を打った。
「それだから君はいつまでたってもモテないんだ。前々回の依頼人の目当ては私だ。小さな物事を大きくして、私の気を引きたかったんだろう。ブログに書くなら前回の依頼の方が適切だ」
「だって、その依頼人って男だったじゃない!」
「珍しくもない。君だって邪魔者扱いされていたじゃないか」
 事もなげにそう言って新聞に目を通し始めた探偵に、あたしは驚愕の眼差しを送ったけれど、彼はそれに応えようとはしてくれなかった。
 でも確かに、思い出してみると、自己紹介する前から鋭い眼を向けられたり、席を外させようとしたり、シャルルの方にずっと視線を送っていた気がする。でもそれって、特におかしいことじゃないでしょう? だって、依頼人は自分のことで頭が一杯一杯で、そもそも目付きが悪いし、イライラしているものだし、探偵以外の人に自分の話を聞かれたくないものでしょう!?
 そう思いながら、チラッと眉目秀麗な探偵の横顔を見た。
 一を聞いて十を知る、非凡な才能を持つこの探偵が、あたしが気付かなかった多くの物事からそういう結論に至ったのだとすると、決して間違うはずがない。何より、この老若男女、全人類を落としそうな美貌が、全てを物語っている。
「ねぇ、こういうことって昔からあったりするの?」
「まさか。ここまで頻繁になってきたのは探偵になってからだ」
 そうしてふと新聞紙から顔を上げると、あたしを見て酷薄な笑みを浮かべ、こう言った。
「君を雇ったのは正解だった。君は実に素晴らしい助手だ。しかし、君を雇ったのは、助手が欲しかったからじゃない。そういう魂胆がある依頼人からの弾除けが必要だった。あの鬱陶しい視線から解放される為のね。でも、君以外の人間は、丸っ切り駄目だった。皆、私に懸想してしまってね、使い物にならなかった。けれど君は私に見惚れることはあっても、私に恋をすることはない。私の性格にいち早く気付き、そうと知っても逃げずにいる。君には、何か、訳があるね?」
 蛇に睨まれた蛙は、こういう気持ちなのかしら。
 探るような視線に、じっとりと脂汗がにじみ出る不快感が襲う。
「まあ、逃げることが出来ないのは、お金と帰る場所がないからなんだろうけど。前々回のような依頼もはこれからも来るけれど、君は助手を止めたりしないよね、本当は身長が150センチもない、チビのマリナちゃん」
 今日は随分と脅してくるわねとわなないていると、思わぬ方向から銃弾が飛んで来て、あたしは膝の上の拳から目を上げた。つい最近、そんな話をブログでしたなと思って。
 でもおかしい。彼はあたしのブログに興味なんかなかったはずだ。しかもその話が出たのは、コメント欄でのことだ。そんな話を、なぜ彼が?
「どうして知っているのかって顔をしているね。答えは簡単だ。君のラップトップから見たから。パスワード? ふん、あんなものはパスワードの内にも入らん。3秒で解けた」
 あのねぇ、たとえ解けたとしても、他人のパソコンを勝手に見ちゃダメでしょう!!
 なんなの、そのドヤ顔はっ!?
「ああ、もうっ、あたしにプライバシーはないのっ!?」
 と、あたしが頭を抱えて叫ぶと、彼は再び新聞紙から顔を上げ、面白がっているような、人を馬鹿にするような笑みをして答えた。
「私という探偵の近くにいる限り、君にプライバシーはないだろ。嫌なら、もっと難しいパスワードを設定することだな」
 そんなこと、出来るワケないでしょう!?
 うわーん、もうこんなところ、出て行ってやるっ!!!






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