山本武が、新たな匣を開口した。

「ヒバリに可愛がって貰えてよかったなぁー次郎ー」
『ワン!』
 
 その中から現れたのは、つぶらな瞳の秋田犬だった。

 そいつが今、尻餅をついた僕の上に乗り、僕の顔をまんべんなくベロベロと嘗めている。
 顔にあたる沈静の炎が冷たい。

「あ、の……やまも……」
「なあ、こいつかわいいだろ? 次郎って言うんだぜ。これでヒバリと一緒。動物二匹使いなのな!」
「あ、ああ……」
「こらー。次郎、俺のヒバリにあんまり、ベロチューすんな」

 頭を撫で回すようにしてから、山本は次郎の首に手を回し、グイと手前に引き寄せた。
 次郎は山本の腕や顔を甘噛みしたり、嘗めたりと大忙しだ。

「ヒバリ。どうしたのな?」
「な、なんでも、ないよ……」

 いよいよ山本が不審な顔をした。

 あぐらを掻いたまま、動かない僕の状況を察したらしい。
 非常に恥ずかしいが、致し方ない……。

「山本……」

 手を伸ばす。
 アレとは違った意味で、腰に力が入らない。

「ヒバリ?」

 どこからともなく青い軌跡を描いて飛んできた雨燕が、僕の指先に着地した。

『ピイッ!』
「おー、手乗り小次郎かー。な、ヒバリ、左手にヒバード乗せてみてくれよ」

 山本の零れるような笑顔がとても眩しく、再び飛び掛ってきた悪意のない雨犬が重い。

「こいつ、ヒバリのこと大好きなのな。ヒバリも犬好きか?」
「……ちゃんとしつけときなよ」

 すっかり地面に付いた背中と、自由にならない腰が恨めしかった。




 『イヌ トラ ウマ』 2010年 1月9日 



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