本屋とサラリーマン 会社の近く、駅とは逆方向の奥まった路地にその本屋はあった。 すっかり暗くなった外から見える本屋の明かりは、ぼんやりと優しい気がする。ちょっと感傷的になっている自分に苦笑しながら、そっと木とガラスでできた扉を押す。ちょっと驚くほど重いそれを押すと、乾いた本の匂いが鼻をついた。 店内はそう広くはない。ぎっしりと並んだ棚には、同じようにぎっしり本が詰まっている。完璧に整頓し、分類分けされている本棚の脇に、入りきらないらしい本が限界まで積まれていた。 あいかわらず迷路みてえな本屋。くつくつ笑いながら、ここの主を探す。その拍子にカバンが本の塔に軽くぶつかり、何冊か床に落ちてしまった。 「っと、やべ」 こんなところを見られたら、店主に怒られてしまう。かがんで本を拾う高尾の目の前がふと暗くなった。しまった、遅かったか。 「……何をしているのだよ」 不機嫌そうな声に顔を上げると、予想通り眼前で店主が仁王立ちしていた。 「真ちゃん久しぶり!」 「何をしているのか聞いている」 「いやー……ちょっと落としちゃったなー、みたいな?」 「本の扱いには気をつけろとあれほど言っているだろう、馬鹿者め!」 「や、だってこんなに本積んであったらぶつかるって」 ぐるりと店内を示してみせると、緑間がぐうと唸って眉を寄せた。本を増やしすぎている自覚はあるらしい。 「もっと店広げるか、ある程度売ってから本出すとかしたら?」 フンという鼻息が返事なのだろう。くるりと背を向けた態度はあいかわらず愛想がない。 だけどこれでも距離が縮まったほうなのだ。高尾が最初にここに来たときは、高尾の存在なんてまるで目に入っていないようだったのだから。 無愛想で、本屋のくせに客あしらいなんて全然できなくて、だけど本の話をするときだけ輝く瞳がかわいくて。気づけば高尾は、この奇妙な本屋の奇妙な店主に夢中になっていた。 「今日はいいモン持ってきてやったぜ?」 カバンから、ぼろぼろの本を取り出す。緑間が表情を一気に明るくさせた。 「藤田広葉の稀覯本か」 「そ。今日グーゼン営業先の古本屋で見つけてさ」 「……譲ってくれるのか」 低い声が期待に満ちている。ほしかったおもちゃを見せつけられている子どもと同じ響きのそれに、高尾は笑みを深くする。 「真ちゃんが、このあとオレと飲みにつきあってくれんならいいぜ」 |
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