花井が眉間にぎゅっと皺を寄せて手元の紙に視線を落とす。
この前やった数Ⅱのテストだ。
眉間の皺はどんどんその深さを増していく。
「田島、学生の本業はなんだ」
「やきゅう!」
「馬鹿者」
あきれた声と一緒にばしんと頭を叩かれる。
「いって!」
「お前の脳みそは虫でもわいてんのか。なんだこの点数。12点? ありえない」
「げんじつをちょくししないといけないって今週のジャンプにかいてあった」
俺の茶々を綺麗に無視して花井は目の前に答案を突き出す。
「現実を直視しないといけないのはお前だ。このままじゃ試合、出さないぞ」
「えーっ! だってそれ小テストじゃんっ」
言った途端、花井のまとっている空気が逆立った。
「小テストがこのザマで中間をクリアできるわけないだろっ」
視線がキツくなって、ぎゅっと唇を引き結んで、睨むみたいに俺を見下ろす。
花井のこの顔はけっこう好き。だって、花井がこんな顔すんの知ってるやつってきっとそんなにいない。
「はないー」
「先生」
「せんせー」
「なんだ」
「怒った顔、かわいーね。ちゅーしたい」
花井は芝居がかった仕草でやれやれと額に手を当てた。
「お前、なんで呼び出されたかわかってないだろ」
「俺とふたりっきりになりたかったから?」
ふん、と俺の言葉を一掃して、花井は机の上にもっていた答案を置いた。
「この前の英語の小テストの点数、覚えてるか?」
「えー・・・っと」
本気で覚えてない。
「・・・・・・」
しばらく黙って俺を見ていた花井が、ようやっと口を開く。
「32点」
「あ! そーそー32点だ!」
「ちなみに現代文は22点、化学17点、数Ⅰ30点」
「すごい」
「凄まじい。壊滅的だ」
「せんせーよくそんなの覚えてるね」
ほんとにすごいと思ったのに、花井はまたため息をついて天井を見た。
怒っちゃったかな。あきれたのかもしんない。
「今日はとりあえず、これをやれ。終わったら帰っていい」
数学と化学と現代文のプリントが机の上に置かれる。
「えっ! 今やんの!?」
花井を見上げると、いいから黙ってやれ、とその目が言っていた。怖いけどかわいい。
俺だっていちおう引き際くらいわきまえているのだ。しょうがないのでプリントをやることにする。
ぜんぜん説得力がないかもしれないけど、べつに花井を困らせたいわけじゃない。
シャーペンを握った俺を見て、花井はようやっと俺の前の席に腰を下ろした。
「終わるまで付き合ってくれんの?」
「今日だけだ」
「ねー、せんせー」
「・・・・・・」
「じゃあさー、じゃあさー、今度のテスト、俺がいい点取れたらちゅーしてくれる?」
「じゃあってなんだ」
「だって付き合ってくれないんでしょ?だったらちゅー」
「馬鹿なこと言ってないで手をうごかせ」
「ひどい!本気でいってんのに!」
「はいはい、どうせ酷いよ」
「ひどいけどすき!」
「ばーか」


本当に田島は馬鹿だ。
教師と生徒で、男同士で、付き合えるわけなんかない。
早いところ俺に飽きてしまえばいい。
そうすれば、俺だって諦めることもできるだろうに。




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