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(お礼小噺:現在1点)
【謳歌】

調子っぱずれな鼻歌が聴こえてくる。
出所など、あの男のほかにあるはずもない。

誾千代はふん、と鼻を一つ鳴らし、からりと襖を開けた。
途端に目に入る、主殿と奥の間との垣根代わりの空木は今が満開で、目が覚めるような緑の葉と、ふわりとした真白の花の鮮やかさが、いかにも初夏の日差しに相応しい。
そんな晴れの日の縁側で、のんべんだらりと午後のひとときを堪能している宗茂は、いつにも増して機嫌が良さそうだった。
ひどい音程の歌は、止む気配もない。
「黙れ、気が散る」
容赦なく切って捨てても、相手はどこ吹く風である。
なまじ声に艶があるものだから、それなりに聴こえてしまうのが曲者だが、宗茂は決して謡の名手などではない。
もちろん、聴くに堪えないというわけではないのだが、意識もせずに発せられる声が、そのまま歌になるほどの才でもない。
つまるところ、鼻歌程度のいい加減さでは、わりあい頻繁に、元の音曲と違う何かになるのだった。
それにしても、今日のそれは一段とひどい。
宗茂のことだから、詞も適当に覚えているのだろう。ところどころが意味の無い、空気が抜けるだけのような音になった。
「宗茂」
この男、言っても聴かないのが常である。
そしてまた、口より前に手が出る、というのは己の得意とするところであったので、誾千代はおもむろに、掌を宗茂の口に押し付けた。
言っても聴かないなら、実力行使が一番なのである。
しばらくの間、もごもご、と濁るような音がして、そうして中指と薬指の間のあたりで、宗茂の唇が苦笑の形を取ったのを感じるのと同時、彼の掌が、己のそれに重ねられたことに気付く。
誾千代のものよりもずっと節くれだって固い手指が、とんとんと、となだめるように叩いてきたので、誾千代は少し力を緩めてやった。
すわ、降伏の合図である。
「無粋だな、誾千代」
は、と一息吐いた宗茂が笑う。
笑いながら、重ねた誾千代の掌を、指先で絡めとるようにして包む。
「こういうときは、もっと気の利いたやり方があるだろう」
そうしてぐいと引き寄せられれば、男の顔はもう、誾千代の鼻先から一寸もない。
後ろ頭をしっかと抱えられる感覚に、すでに逃げ場はないのだと知る。

-ああそうだ、こいつも実力行使が得意であった。
-油断した。立花としたことが、迂闊だった。

誾千代がそう思う頃には、至極機嫌が良さそうに宗茂が笑むのを、唇が直に伝えてくるのだった。




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