劇団刹那の小松さんから頂きました峯妹夢です♡








私は、まだ小さかった頃に買ってもらった、どこかのお姫様の絵本(なんだったろう?)に 出てくるような、大きな大きなベッドの上で眠りから覚めた。 ベッドには天蓋もついていて、ちょっとラブホテルみたいだなと寝ぼけながらぼんやり思う。 そして、ああこの感想は絶対に兄に言ってはいけない、とすぐに気を引き締めた。 でも、正直嫌いじゃない。これは多分、言っても大丈夫。


真っ白いシーツはパリッとしていて気に入ったが、毛布は軽すぎた。 枕の高さはちょうどいいが、抱き枕がないのが不満だ。 二日目の朝、兄にそう漏らしたら、その日のうちにすべてが解消された。 おかげさまで、一日目の夜以外はずっと快眠だった。 まあ実は、一日目の夜の事はあまり覚えていないのだけど。 ただ、仕返しと言わんばかりにわがままを言いたくなっただけだ。 でも、抱き枕は左右に一つずつ。これで何回寝返りを打っても安心。 ちなみに、左右用に二つ準備して欲しいとは私から言ったわけではない。 こういうところは、兄妹だな、というか、兄はすごいな、と私は簡単に兄を尊敬する。 尊敬などしていいような人ではないのだけど、やはり「兄」だから、 私はそれを私に許してしまうのだ。私も大概甘っちょろいなあ、と一瞬恥じる。 毛布の重さもちょうど良かった。毛布が重いと、守られてる感じがして安心するの。 そう言ったら、兄は珍しく、少し困ったような顔をしていた。そして、





「何か不安なことでもあるのか?」





そう聞かれたので、ひとまずまだない、と答えておく。 本当は、この前私と一緒にいた男の子は大丈夫かなあと少し思っていたけど、 恐らく暴力は振るわれていないと思う。私がそれをひどく嫌うのを、 兄は知っているから。(きっとお金で解決しただけだ。そっちのが楽だし。)





私はいい加減、ベッドからもぞもぞと這い出して、ぼさぼさの髪を手櫛でそれなりにしてから ベッドルームのドアをカラカラ、と開けた。 私は兄と違ってごく普通の庶民(のつもり)なので、ベッドルームとリビングが分かれているだけで驚いたが、 一週間も居ればさすがに慣れた。(ついでに、スイートルームの意味も初めて知った。)





「よくそんなに眠れるな。」





リビングでは、兄が何やら小難しいであろう資料を広げて、 小難しい顔でそれを眺めていたようだが、私がベッドから這い出る気配を感じたのか、 冷えたミネラルウォーターと、カットされたフルーツが準備してあった。 私はそのことに大したお礼も言わずに、ごくごく、そしてもぐもぐする。





「だって、することないんだもの。」





私は正直な感想を述べた。 最初の三日は、何もかもがもの珍しくて楽しかった。 部屋の広さに驚き、ベッドとバスタブの大きさにまた驚き、 窓の大きさと家具の重厚さと、後はテレビの大きさに驚いた。 そして、部屋にいるだけでなんでも揃うのもわくわくした。 たまにはこうして引きこもるのも悪くないな、と思ったくらいだ。 でもそれも、すぐに飽きた。そして後悔し始めた。





なぜあの夜、男の子に肩を貸してもらうほどに酔っぱらってしまったのだろう。 そして、なぜこの人しかいないような東京で、明らかに兄の生活圏外で、 運悪くそれを目撃されてしまったのだろう。





あまり記憶はないが、兄は黒塗りの、いかにもな車からそっと降りて、 「妹が迷惑をかけてすまない」みたいなことを男の子に言って、 ふにゃふにゃしている私をあっという間に車に乗せた。 男の子は多分、驚いて何もできなかっただろう。それは責めることではないし、 私もなんとも思っていない。ただ、男の子がその後に 「あの人は本当に兄なんだろうか。人攫いじゃないだろうか。 ただ肩を貸しただけのことには見合わない額のお金ももらったし…」などと心配していないか、 それが心配だ。優しい人だったから。それは覚えている。





「ねえ、お兄ちゃん。私、飽きた。」





兄は広げた資料から目を離さずに言う。あ、果汁が飛んで染みになってる…。





「おまえはすぐ飽きる。」


「知ってるならそろそろ外に出して。」


「知ってるから、出さない。」


「もうしない。」





兄はそこで初めて資料から顔をあげて、私の瞳をまっすぐ見た。 そして、またすぐに資料に視線を戻す。





「信用できない。」


「ひどい。」





私は、こうなったらひとまず諦める他はないな、と諦めた。 兄だって暇じゃない。私がしゅん…とし始めたらきっと解放してくれるだろう。 でもそれにはまだ少し時間が必要だな、と思った。 今はその時ではない。幸い、大学は夏休みだ。 友達もそんなに多くはいないし、バイトもしていない。 サークルも適当だから、来ても来なくても気にしないだろう。 ゼミも同じだ。なら、もう少し楽しむか、と腹をくくった。





さて、どうしよう。





「お兄ちゃん。」


「なんだ。」


「私、欲しいものがある。外に出してもらえないなら、それ買ってきて。」


「…なんだ。」


「本。もっと欲しい。あと映画。もっと観たい。」


「リストアップしておけ。今日の夜には揃える。」


「あと、高価なんだけど…。いい?」


「聞いてから考える。」





「私、ずっとラ・ペルラに憧れてたの。」





「ラ・ペルラ…?」





兄は、眉間の皺をさらに深くして、私の言った「ラ・ペルラ」という単語を復唱した。 そしてすぐに首を横に振った。





「おまえにはまだ早い。」


「それは知ってる。でも、こんなスイートルームだったらなんとかなると思わない? ていうか、スイートルームだからこそ、ラ・ペルラなんだって! 私のアパートでラ・ペルラなんて悲しすぎるでしょう。 せっかくだから本当はちゃんとフィッティングしたいけど、駄目なんでしょ? 悔しいけどそれは我慢する。自分のせいだし。 でも、もし出来るんなら、人呼んで何着か揃えて欲しい。 画像はネットで探しておく。ここでフィッティングするならいいでしょう? あ、念のため言っておくけど、自己満足だから。見せる相手、いないから。」





我ながら、悲しい説得の仕方だなと泣きたくなった。 せっかくのラ・ペルラ。本当は誰かに見せたい。でも、本当に相手はいない。 この際、女の子でもいい…、そう思った時、ふと、違和感を覚えた。





「ねえ、お兄ちゃん。」


「なんだ。」





「ラ・ペルラ、綺麗だった?」


「まあな。でも、おまえにはまだ似合わない。」





ああ、お兄ちゃん。油断してるよ。妹に甘すぎるよ。やっぱり兄妹だ。 私はそう嘆きながら、でもそんなことは忠告せずに、 至極真面目な顔で聞く。





「それさ、どこのベッドで見たの?」





なかなか表情を顔に出さないお兄ちゃんだけど、私はこの兄の妹だ。 勝った、と確信した。 ラ・ペルラは手に入る。ちゃんとお店でフィッティングしたものが。
















柔らかな愛のかたち





重い布団もラ・ペルラもお兄ちゃんもみんな同じなの





小松さんと拍手してくださった方に大感謝です。ありがとうございます。





あと1000文字。