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取らぬ狸の皮算用


 今日は大石の家に泊まる日だった。

 連休の中日に一緒に宿題をやるという名目で、勉強は憂鬱だけども、久しぶりに二人で一晩過ごせるのは楽しみだった。
 大石の家族がいるから、まあそういう行為はお預けかもしれないけど(でもついしちゃう日もあるけど)、それでも、夜寝る前にいろんなことを話して、いつのまにか二人で寝ちゃって、朝起きた時に隣に大石がいる(大抵既に起きて俺を見ている)ことは、すごくすごく幸せな気持ちになる。
 お風呂を借りて大石の部屋に戻ると、勉強机に座っていた大石が顔を上げて少し微笑んだ。空き時間に自主的に勉強するなんて、こんな変人がいるんだなとすら思ってしまう。
「おかえり、英二」
「ただいま。お風呂いただきました」
 すると、大石はなぜか俺の言葉にさらに笑みを深くする。
「なに笑ってんの?」
「いや、その……今のさ」
「今の?」
「ただいまとかおかえりって言うの、一緒に暮らしてるみたいでいいなぁって」
 照れたように恥ずかしいことを言う大石に、こっちも恥ずかしくなる。

 ――ああ、こいつも浮かれてるな。
 でも、普段冷静で自分のことは後回しな大石が、こんな風に素直に自分と過ごすことをうれしがってくれていることが、俺もうれしかった。
「おいで、英二」
 大石は立ち上がってベッドに腰掛ける。それは別に『ベッドの隣に座って(そんでイチャイチャしよう)』って訳ではない。その右手にはドライヤーがあった。


 なぜだか、いつの頃からか、大石の家に泊まるときは大石は俺の髪を乾かすことになっていた。
 正直、大石の乾かし方はそんなに上手くはないと思う。俺の髪型は上手く外ハネが出るように乾かし方にもコツがある。夜に上手く乾かすと朝のセットが楽なのだが、大石が乾かすとぺたんとしてしまうので次の日のセットに時間がかかってしまうのだ。
 大石は『ニコニコ』という形容詞がぴったり当てはまりそうな笑顔で、まさか断られるとはつゆとも思わずに座って待っている。よく分からないけど、こいつは俺の髪を乾かすのが好きらしい。
「……オネガイシマス」
 大石のさわやかな笑顔を見て断れるわけがなかった。
 俺はぺこりと頭を下げて、大石の隣ではなく足元に座り込む。なぜか俺がお願いしている側みたいになって少し釈然としない。

 暖かい風と共に、大石の指が髪に触れる。
 ――たしかに、こうされるのは嫌いじゃない。むしろ、心地よいと思う。

 ふと、『一緒に暮らしてるみたいで』という大石のさっきの言葉を思い出す。
 もしもいつか一緒に暮らすことになったら、毎日大石が俺の髪を乾かすのかな。うーん。そうなったら、毎朝セットが面倒くさくなるのは嫌かもなあ、なんてね。


 そんなの、まだ分からない遠い未来のことだ。そういうまだ起こってないことを心配する言葉があった気がする。確か、たぬきがどうとかって言葉だったような。
「なー、大石。たぬきが出てくる言葉ってなんだったっけ?」
「え、なんだって?」
 ドライヤーの音に負けないように大きめの声で言ったが、急に話しかけたので聞き取れなかったらしい。まあ、いいや。そんなに気になってたわけじゃない。
「なんでもなーい!」
 と返事をして、俺はまた大人しく髪を乾かされることにした。

 でも、いつか本当になったらいいな。大石もそう考えてくれてるといいな。
 そんな風に思いながら、大石の指の感触を味わうように目をつむった。
 本当にそんな未来がくるんだろうなという、不思議な確信を持ちながら。







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