「副長、書類持ってきましたよ」


いつものように部屋の前で声を掛けるけれど、返事が無い。
暫く待ってみるけれど一向に声がしないので再び声は掛けながら障子を開ける。
居ると思っていた机の前には居らず、副長は床に寝転がっていた。
何かあったのかと慌てて近寄るけれど、ただ眠っているだけのようで規則正しい寝息が聞こえてくる。


「副長」


そっと声を掛けても副長の瞼が開く事はない。
指で肩を突っついてみても相変わらず。
こんな珍しい状況に悪戯心が芽生えてくる。
正座をするとそーっと副長の頭を持ち上げ、膝に乗せた。
起きるかと思ったけれど、相変わらず眠ったまま。


「珍しい事もあるもんですねぇ」


普段は声を掛ければ直ぐに起きる副長も春の眠気には勝てないのかもしれない。
滅多にないこの機会にと頭を撫でてみる。
こんな事をしているなんてバレたら怒られてしまうだろう。
それから沖田さんなんかに見られたらからかわれるのがオチだ。
このまま静かに時間が過ぎていってくれれば、なんて思う。




ふわふわする意識の中で頭を撫でられているのを感じる。
頭を撫でられるなんていつぶりだろうか。
その心地良さにうっとりしていたけれど、ふと疑問が浮かぶ。
私の頭を撫でているのは一体誰なのだろう。


「……副長?」


重い瞼を開けば何故か副長を下から見上げていた。
そして頭の下にある固くも温かい感触。
チラリと私を一瞥した副長の手には書類。
それを見て一気に記憶が蘇ってくる。
寝ていたのは副長で、私はこっそり膝枕なんてしていた筈。
それが何故私が膝枕をされているんだろうか。
しかも、目を覚ましたというのに何も言われない。


「副長、私が膝枕してましたよね?」

「してたな」

「どうして入れ代わってるんですか?」

「お前が寝てたから」


それ、答えになってるんでしょうか。
そう思うもきっと聞いてもそれ以上の答えは返ってこないだろう。


「じゃあ、私の頭撫でてました?」

「……夢じゃねぇのか」


書類に目を向けたまま副長はそう答える。
誤魔化しても無駄ですなんて言ったら、何て言うかな。
怒られるのは嫌だなぁと思っていたら額を弾かれた。


「痛い!」

「起きたんなら退け」


そう言うと頭の下から副長の足が消える。
頭を打つなんて事にはならなかったけれど、いきなりなんて酷いと思う。
私だから良いものの他の女の子には絶対やってはならない。


「いや、そもそもそういう状況になるのかな?」

「何言ってんだ」

「ちょっとした想像を」

「そんな暇があるなら仕事しろ。書き直しだ」


そう言って副長が差し出したのは提出しようと持ってきた書類だった。
誤字が多いだなんて言葉と共にそれを受け取る。


「副長が急かすからですよー」

「言い訳は聞かん」

「じゃあ、出来上がったらまた膝枕して頭撫でて下さいね。失礼しました」


返事を待つより先に立ち上がった。
顔も見ずにさっさと退室して自室を目指す。
一体どんな顔をしているかな、と考えるだけで楽しい。
少しくらい困っていてくれたら万々歳だ。




春とうたた寝



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