書き散らし冰九 小九はオメガだと知ったとき、岳清源はかつてなかった興奮で体温が一気に上がったと同時に、心は後ろめたさですっと冷え込んだ。 また小九を裏切ってしまったような気分だった。 きっとお互いベータだと思い込んでいた。自分の第二性別がアルファだとわかったとき、小九もアルファかもしれないと思った。どこにいるかわからない小九を迎え、今度こそずっと一緒にいると内心決めていた。 それなのに再会したときの小九は、思い描いた姿とかけ離れていた。 秋府では使用人として人並みの暮らしをしていると想像したが、いざ戻ると秋府だった場所はただの跡地となり、街を探し回っても小九はいなかった。やがて再会を果たした小九は同年代の男性より痩せていて、その手はもう血に染まっていた。 生きるためにどんなことでもするーー頬や服は泥で汚れていて、瞳の奥に憎恨を光らせ、そう吐き出す小九は岳清源の眼には、強がっていて素直でいられない幼い小九だった。 私がそばにいてあげないとダメだ。あのとき私のくだらない正義感で、小九にいらぬ苦労をさせてしまった。これからは人生をかけて償い、ずっと、ずっと一緒にいるんだ。 そう誓って小九を蒼穹山に連れて行った。共に修練し、幼い頃語った夢を叶えようと胸に希望が満ちたていた。 しかし。 沈九の血を吸った石の放つ光に、岳清源は呆然とした。 オメガの仙師だっている。けれどほとんどの彼らは若いうちに番われ、発情期がやってくるたびに修練を止めないといけないため、かなり時間と苦労をかけていたと聞く。 それに、アルファやベータがほとんどの蒼穹山はオメガの弟子を取らないのだ。 どうしよう。 どうすればいいんだ。 「結果はどうでしたか」 近づいてくる師尊の足音、その問いに答える前に、岳清源は考えるより先に自分の指を切り、血を垂らした。 そうして沈九の第二の性別を偽り、彼を蒼穹山に入門させた。 共に仙師になる夢を、ずっと一緒にいる約束を叶おうと。小九をそばに置き、小九を守れるなら、岳清源はなんでもすると覚悟した。 本当の家族を失った岳清源にとって、沈九は家族、いや、もしかしたら家族以上の存在だった。 だから必要なら、彼さえそう望むのであれば、ためらいなく沈九のうなじを咬み、彼を番に迎えると決めた。 だけど。 沈九はすでに噛まれていて、誰かの番になっていた。 その事実を知ったとき、まさに青天の霹靂だった。 私の小九はもう他人のものーー瞬間に浮かんだこの考えに気づくとき、ゾッとした。 そのときまで、岳清源は沈九をかわいい弟、大事な家族だと思っていた。けれどどうやら違ったようだ。いつからか、沈九をそういう対象として見ていたかもしれない。沈九がオメガだとわかった瞬間の高揚感もこういうことかもしれない。 口頭上の約束だけじゃ足りない。アルファとオメガでしか交わせない契りが成立したら、沈九を一生そばに置き、たとえ嫌がれても堂々と大事にできる。 しかし沈九はもう他人のものだ。彼の家族には一生なれない。 悔しくて、悲しくて、どうしてと叫びたい。 相手は一体誰だ。秋府の坊ちゃんか。それともあの人でなしの無厭子か。 沈九自身も番は誰なのかわからない。戸惑っている沈九を見て、岳清源は胸中に渦巻く仄暗い感情を抑え込む。 ひと呼吸する。 衝動的になっていけない。冷静になれ。まずは沈九の健康面を考えよう。番を失ったオメガは次第に衰弱し、精神錯乱するか死ぬかと書物に書いてある。それほど、オメガにとって番は大事な存在だ。 無責任に咬み、姿を現さない奴が憎い。 小九はこんなにも辛くて、酷い発情をひとりで堪えるしかないのに、どうして来てやらないんだ。 自分はなんて無力な人間だ。助けたくても、番でもない自分が触ると、小九を余計に苦しめるだけだ。 どうすれば小九を助けられるか、わからない。 沈九から報告を受けていないが、そろそろ発情期が始まるはずだ。彼から発する強烈なフェロモンは基本番以外は感知しないが、それでも万が一誰か彼の部屋に入り、彼の第二性に気づいてしまったら……最悪の事態を想定するだけで気がおかしくなる。 そのため、時期が来ると岳清源は毎晩沈九の元へ赴き、誰も近づかないよう前に立つ。 今日も、いつものように沈九の住居に訪れる。昔は病弱という理由で、小さいけれど独立した離れでひとり暮らしていたが、新たに清秋という名を与えられ峰主となった沈九ーー沈清秋は今峰主用の竹舎で暮らしている。 みんなが寝静まった夜。岳清源は足音を立てずに竹舎に近づく。寝室の窓がほんの少し開いている。周囲ににおいを気づかれるのを恐れている沈清秋は発情期が始まると必ず窓を閉め切るので、まだ始まってないかもしれない。 少しだけホッとした岳清源は、小九が魘されてないことをチラリと確認したら自室に戻ろうと決めた。 一歩進む。 頬を撫でる夜風が微かな声を運んでくる。違和感を覚えた。 さらにもう一歩。 気のせいだと思っていたが、やはりわずかに開いている窓の向こうから声がする。響いてくる声は甘く高く、発情期のとき聞こえてくるものによく似ている。 心臓がわかりやすくドクンと重く鳴った。岳清源は急ぎ足で向かう。窓の隙間から中を覗いたとたん、一瞬、息が止まり、後頭部を殴られたような衝撃を覚えた。 寝台の上で四つ這いになっている沈清秋を、少年が覆い被さっている。その少年を、岳清源はよく覚えている。ついこの間に清静峰に入門した弟子、たしか洛冰河という。 「な、なにを……」 すぐ止めに行かなければいけない。 洛冰河は沈清秋のにおいに惑わされ理性を失ったのか。いや、そんなはずがない。沈清秋のにおいは番にしかわからないはず。それなら、沈清秋の第二性別を知り、彼を脅しているのか。でも、そんな悪事をするような子には見えない。 止めないと。まずは彼らを止めないと。 「なにを……」 開いた口から溢れる言葉が震えていて、彼らには届かない。 もっと大きな声をださないと、いや、すぐに中に入って彼らを引き離さないと。そう思った岳清源が再び足を動かそうとするそのとき。 「あぁ、きもちぃ……ンン、も、ぅ、と、奥……」 「師尊……師尊、腰が止まらないです。気持ちが良すぎて、おかしくなりそうです」 聞こえてくる喘ぎ声、まるでうわ言を言うように溢した言葉たち、獣のように本能に駆られて交わるふたり。 どうして。 ーーうそだ。 どうして小九が気持ちよさそうにしている。 ーーありえない。 岳清源は呆然とした。 番以外のアルファに抱かれると苦痛しか感じないはずだ。それなのに沈清秋は自慰するときより甘い声で啼き、快楽で顔を歪めている。 「もっと、奥に、んん」 「ごめんなさい。この弟子の、ぅ、とど、かないです」 身体をくるりと反転した沈清秋は長い脚で洛冰河の腰をぐっと引き寄せる。両手両足で抱き締め、やわらかい髪を撫でながら喘いでいる。 「あっ、あっ、いい……このまま、奥ぉ、ひゃあ」 「師尊、師尊……」 深く挿入したまま、洛冰河は小刻みに腰を揺らす。それに感じている沈清秋は一層激しく喘いだ。 まだ幼さが残る少年に縋りついている男は、ちっとも苦しそうに見えない。 どうして。 どうしてどうして。 小九が求めている人はどうして洛冰河なのか。 わからない。理解できなくて、頭痛が痛くなりそうだ。 今できることは、止めるか、それとも逃げるか。この二択しかないのに、岳清源はどれもできなかった。 両足が石にもなったように重くて動かず、立ち止まったまま、窓の隙間から大切な小九がほかの男を求めて乱れる姿を眺め続けるしかなかった。 夢でも見ているのだろう。 きっと、そうだ。 どうか、この悪夢から早く目醒めてくれますように…… 〜岳さんにわからせたい〜拍手ありがとうございました〜 |
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