書き散らし冰九 「次のセンターは、二期生の沈垣」 司会者の言葉が落ちたと同時に、そう広くない会場内に歓声が沸き起こった。沈垣のそばに立っているメンバーたちも嬉しい叫びを上げ、吃驚して呆然と立ち尽くした沈垣に抱きつく。 「沈垣さん、一言をお願いいたします」 同じ夢を目指している仲間たちに肩を押されてようやく一歩前に踏み出した沈垣はステージの中央に移動する。周囲の照明が一気に落ちた。唯一照明を当てられている沈垣はまるで世界の中心、物語の主人公になるため生まれてきたように見える。 マイクを握りしめ、三百人のファンに注視されているなか、沈垣はすぐに声を発することができなかった。「がんばって!」と女性ファンの誰かがそう叫んだあと、ほかのファンもがんばれとか大好きだとか、負けじと声援する。 肩が微かに震えている。上擦った声で沈垣がありがとうとささやいてから、今後の抱負を語る。 「精いっぱいグループを引っ張っていけるように成長していきたいと思います。未熟な私ですが、これからもよろしくお願いします」 轟く歓声。上昇する温度。流れるアップテンポのメロディー。ライブのラストを飾るのにふさわしいグループのファーストソング。 スカートの裾を美しく翻して一気に動き出す男の娘たち。今のセンターに引き止められた沈垣は本来のポジションに移動せずに、ステージの中央に立って先輩と一緒に歌って踊る。 満面の笑みで、心の底から今の活動を楽しんでいる姿が直視できないほどひどく眩しくて、無理矢理に視界に入れようとすると眼の奥がツーンと痛くなる。 どうして。 ーーねえ阿垣、遊びに行こうぜ! どうして…… ーー阿垣って本当に礼儀正しい子ね。 どうしてだ…… ーー阿垣、CMオーディション合格したって! どうしていつもお前なんだ! やや陰になっている三列目の端っこから、沈九は次期センターに選ばれた自分の片割れを睨みつけるように見据える。心の奥底に、幼い子どもが喚いている。顔を歪め、必死に声を上げているのに、誰も彼に振り向かない。 どうして……どうしてどうしてどうして! 「はぁ……」 パッと眼を開けると、見慣れた天井が見えた。やわらかいシーツの感触、愛用しているポプリの淡い香りで、今自分がいるのは劇場ではなく自宅の寝室だとわかる。起き上がった沈九はしばらくベッドに座ったまま、バクバクといっている胸の音がうるさい。 一年前からあの日に囚われたまま立ち止まっている自覚はしている。もっと言えば、自我が生まれたときから、どんなに抗おうとしても前進できない。 「……最悪」 気持ちを整えようと一度深呼吸しても、胸の奥底に渦巻く鬱憤は簡単に消えない。 〜アイドル九の話を書きたいね〜拍手ありがとうございました〜 |
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