タイトル:たぶん、もしかして、きっと……きみも、



「長谷部くん、好きだよ」

 日に日に募っていく想いがコップから溢れた水のよう、気づけばその言葉が口から勝手に零れ出た。
できればもっとスマートに、計画的に告白したかったが、もう言ってしまったから仕方ない。衝動的で無謀かもしれないが、自信はなくはない、と燭台切が思う。

 学校がある日も、夏休みもほぼ毎日一緒に過ごしていた。遊んでいてもテレビを観ていても、こっそり彼の横顔をのぞこうとすると視線がぶつかり、気恥ずかしそうに同時に視線を逸らすことも数え切れないほどあった。

 いままで共に過ごしてきた時間を思い出すと、たぶん、もしかして、きっと……長谷部も自分と同じ気持ちだと、言い出してしまったあとに自信がふくふくと湧き上がった。

 だから、

「……冗談はよせ」

 と、長谷部に引きつった顔でそう返されたとき、燭台切は後頭部が鈍器で殴られたような気持ちになった。

 断れることは、微塵も思わなかった。

 たぶん、もしかして、きっと……
 
 どこからか湧いてきたこの自信は、ただの気のせいだった。

 受験勉強も始まることで、それから長谷部と放課後の寄り道をやめたら、次第に疎遠になった。卒業後、長谷部はどこの大学に進んだかも知らない。知ろうともしなかった。拒絶の目が、怖かったからだ。

 たまに、ふと思い出す。

 彼は元気に過ごしているかな、と、懐かしい気持ちに浸るが、それだけのこと。

 機種変更するたびにアドレス帳のデータをまるっと移行しているのだ。ガラケーからスマホになったいま使っている端末に彼の連絡先が入っている。画面さえタップすれば簡単につながるが、連絡を取ることができないままでいる。
 
 そうする理由もないのだ。
 
 あれから何年が経ったのだろう。

 どうして告白したのか、どういう根拠をもって相手も自分と同じ気持ちで決めつけられたのか――二十九歳になった燭台切はもうとっくに忘れた。
 
 告白まで長谷部となにをして遊んだのかももう思い出せない。

 ただ、好きだよと伝えたあとの、強張った表情はいまでも鮮明に覚えている。

 先生に当てられ黒板に書かれた難解な数式の前に固まった生徒のよう、見開いた紫の双眸は戸惑いで揺れていた。端整な顔が歪み、くちびるがへの字を描き――そう、まさにいま目の前にある顔だ。

「……燭台、切?」

「えっと……長谷部くん、よね」

 ほぼ同時に吐き出された声が落ちて数秒間、二人の間に流れるなんとも言えぬ空気。

 チラチラと訝げな視線を寄越してくる周囲に気づき、先に取り繕ったのは長谷部のほうだ。

 もともと手に持っている名刺ケースからクリーム色が若干かかった一枚を取り出す。
 
「はじめまして。〇〇商事の長谷部国重です」

 名前は知っているよ、なんてフランクに声をかける空気ではない。まるで知らない人に向けるような自己紹介に、心がチクッと針に刺されたように痛んだ。

 予想もしなかった再会への動揺を顔から消し、驚いた顔が人当たりのいい笑顔へと変わる。

 燭台切も用意した名刺を取り出す。デザイン会社に就職した彼の手に持っているのは、長谷部の地味で無難なデザインより、紙の種類やフォントまでこだわっているデザインだ。

「デザイナーの燭台切光忠です。よろしくお願いいたします」

 名刺を交換する。無表情でいる長谷部を見て、燭台切も気を持ち直して彼を予約しておいた第三会議室まで案内する。

 新規のプロジェクト、クライアントの要望で長谷部は燭台切の勤めている会社に仕事を依頼したのだ。今日ははじめての顔合わせに軽い打ち合わせを予定している。

 資料にざっくり目を通し、燭台切は顔を上げて向かい側席に座る長谷部に視線をやった。

 真面目な顔で、抑揚の欠けた声で長谷部は淡々と企画の詳細やクライアントの要望を説明する。

 長谷部はあの頃となに一つも変わらない。美しく、そこにいるだけで殺風景な会議室すら輝いている舞台のように見える。
そんな彼を、燭台切はじっと見つめる。

 十七歳の長谷部を思い出し、二十九歳までの長谷部を想像する。

「……おい、聞いてるか」

「もちろん。ちゃんと聞いてるよ」

 わずかに眉間にシワを寄せた長谷部に、燭台切は口角を持ち上げた。昔、長谷部に勉強を見てもらった頃もよくそう注意されたのを思い出すと、懐かしさが込み上げてくる。

「僕はメモを取りながらよりも、集中して聞いて覚えるタイプだよ」

「態度の話だ。人の顔をジロジロ見てニヤニヤするな」

「はいはい、ごめんね」

 これも当時よくあるやりとりだった。ムッとした長谷部が視線を教科書に落とす。煤色の髪からチラッと見える耳介がいつも淡い紅色に染まっている――それを見て、長谷部の反応はただの照れ隠しだと、あの頃はそう思っていたのだ。
 
「デザインのコンセプトは――……」

 クライアントの要望を伝える長谷部の注意は燭台切から資料へと戻っていった。

 燭台切はやや眼を伏せ、資料にボールペンを走らせる長谷部を見据える。

 形のいい耳が柔らかそうな髪の下に隠れ、いまもあの時みたいに紅く染まっているかどうかは、わからない。

 簡単な打ち合わせはすぐに終わった。長谷部をエントランスまで見送る。十二年ぶりの再会だ。昔話に花を咲かせようとも思ったが、二人だけのエレベーター、長谷部との間にある目に見えない分厚い壁がハッキリと自分を拒絶している、と思う。

 仕方ないことだとわかっている。あの日。衝動に駆られたまま想いを告げ、そして嫌悪に満ちた眼で見つめ返されたあの日から、長谷部とはもう昔のままでいられないことぐらいわかっている。

 それでもさっき会議でのやりとりは、まるで二人の間になにもなかったように普通だったから、つい期待してしまったのだ。普通の友人みたいに話す事を。

 しかし仕事が終わった途端コレだ。ちょっぴり期待していたのと異なる反応に、無性に寂しく、切なさに胸が疼いた。

 これからも長谷部との打ち合わせが控えている。このプロジェクトが終わるまで、この関係は少しでも好転し、まだ友人でいられるあの頃に戻れたら、と燭台切は思わずそう願った。



 主にメールや電話でのやりとりだが、打ち合わせも数回行った。

 今日は長谷部に会う予定がなかったのだが、外回りで近くまできたから寄ってくると彼から連絡が届いたとき、ぽっと灯りがついたように胸があたたかくなった。

 高校卒業からだいぶ時間が経った。その間女性や男性と付き合ったことも、テキトーに遊んだ相手も、本気で将来を考える相手もいた。それでもいまみたいに、素っ気ないメールが届いただけで幸せな気持ちになることはなかった。

 叶わなかった初恋はやっぱり、特別のようだ。

 もうすでに終業時刻が過ぎていて、別件の大きなプロジェクトの打ち上げがあることでフロアは珍しく燭台切以外に人がいない。
 
 お前も来いよ、と先輩に声かけられたが、打ち上げよりも長谷部のほうが大事だからやんわりと断った。

 頬杖をつき、マウスをクリックしながらネットサーフィンする。時間も時間だ。あわよくば長谷部を晩ご飯に誘えたら、と思う。


「燭台切」

 頭上から降ってきた声に、燭台切はハッと顔を上げた。いつの間に寝落ちたらしい。意識がまだ朦朧としたまま、覚め切ってない眼を声の方向へ向ける。

「悪い、遅くなった」

 視線がぶつかると、長谷部は申し訳なそうな表情を浮かべた。誰もいないフロアを見て、待たせたなぁ、と呟く。

「ううん。大丈夫だよ。長谷部くん、なんか濡れてない?」

「急に雨が降ってきてな、傘を持ってなかった」

 ハンカチを長谷部に渡すと、ありがとうと囁かれた。

 煤色の前髪から滴る雫、雨に濡れたスーツの肩の部分が色濃くなっている。長谷部はハンカチで水分を押さえる。

「これ、よかったら明日みんなで食べて」

 渡された白い紙袋に、老舗和菓子屋のロゴが印刷されている。どら焼きが特に有名で、いつも行列ができるお店だ。

「うれしい。ありがとう」

「これだけのために待たせてしまって悪かった」

「ううん。長谷部くん晩ご飯まだかな? 一緒に食べない?」

 長谷部はしばし黙り込んだ。やや間があってから、燭台切を待たせたことに罪悪感を覚えたのか、眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をしながら、「ぜひ」と答えた。

(無理しなくてもいいのにね)

 そんな長谷部に、燭台切はそう思いながらも、せっかく掴んだチャンスを自ら手放すわけがない。

 パソコンの電源を落とすと、燭台切はカバンを取り、長谷部と一緒にオフィスフロアを出る。

 静まり返るエレベーターホールに、たった二人だけ。かすかな息遣いが聞こえそうで、燭台切は無意識に全神経を左耳に集中させる。

 食べたいものがあるかな、とか、この辺は詳しくないから任せた、とか。そんな会話を交わしながらエレベーターがのぼってくるのを待つ。

 開いた扉。先に乗り込んだのは長谷部だ。続いて燭台切が乗り込む。ガタッとエレベーターが小さく揺れる。

 閉めていく扉。ほんの数秒、二人をのせたエレベーターがゆっくりとロビーへと降りていく。

 そのときだった。

 エレベーターはガタンガタンと恐い音を鳴らし、大きく揺れたあとピタッと止まったのだ。

「止まった?」

 突然の揺れで長谷部の体勢が崩れ、危うく尻もちをつくところだった。咄嗟に手すりを掴み、なんとかバランスが取れた。
燭台切はすぐ管理会社につながるインターホンを押す。数秒、スピーカーの向こうから間延びした声が流れてくる。

「あー、いま雷が鳴ったねぇ、そのせいかもしれないですね。停電はしてないみたいですよ。復旧作業を進めるからちょっと待ってくださぁい」

 プチッと通話が切れると、静謐が再び訪れる。

「ちょっと座って、動くまで待とうか」

 小さくうなずいた長谷部はあぐらをかき、壁に背を預ける。その対角に燭台切も腰を落とした。地面が少しひんやりしている。

 沈黙。なんとも言えぬ空気がそう広くないエレベーター内に流れる。

 クシュン――

 小さく肩を揺らした長谷部に、躊躇い、やや間を置いてから、「長谷部くん」と言った。

「そっち、行っていいかな?」
 
 なぜだ、とは訊かれなかった。長谷部は訝しげな眼をしながら、小さくうなずいた。

 起き上がった燭台切は長谷部の背後に腰を落とした。再会してからここまで長谷部に近づいたことがない。

 一度息を吸ってから、燭台切は手を伸ばした。休日になるとジムに行って鍛えた逞しい腕が、長谷部をさらう。

「おいっ」

「雨に濡れて寒いでしょう。しばらくの間だけ、ね」

 逃げようと身体を捩る長谷部を、燭台切はさらに力を込めた。しばらく、諦めの吐息をついた長谷部は肩の力を抜き、一瞬の迷いを見せてからおそるおそる燭台切に背中を預ける。

 もたれてくる体重、夜と雨のにおいが混じった長谷部の体臭……それだけで、全世界を抱きしめたように満たされていく。
バクバク高鳴る心臓の音がきっと長谷部にバレている。少し恥ずかしく、くすぐったい気持ちにもなった。

 無言のまま抱きしめるのも気まずいだけだ。燭台切は当たり障りのない話をする。長谷部は顔を俯いたまま、「ああ」とか「うん」とか、相槌ばかり返す。

 やっぱり困らせているかな、とそう思った燭台切は視線を長谷部へやった。しなやかなうなじがほんのりと桜色に染まっていた。

 ドキッ、と心臓が跳ねる。あの頃もいまも、長谷部のこういう反応に弱い。勘違いしてしまいそうだ。

「長谷部くんって恥ずかしがり屋だっけ?」

「どういうことだ」

 顔は見せてくれなかった。長谷部は少しだけ頭を上げ、ムスッとした声で返事する。

「耳も、うなじもすぐ赤くなっちゃう」

(触ってもいいかな。怒られるかな)

 無防備なうなじに、もし口付けができるなら――そんなことを思いながら、燭台切はほぼ無意識に彼のうなじに顔を寄せた。あと少し、あと少し……

「……そんなことない」

 長谷部の声に、燭台切はハッとした。瞬きひとつ。彼のうなじにキスしたいという欲で埋め尽くされた頭が理性を取り戻したとたん、あのとき長谷部が見せた強張った表情が過った。思い出すと、心臓がチクチクと痛くなった。あんな顔をさせたかったわけじゃない。ただ溢れるほど隠していた気持ちを気づいたら口走っただけだった。

 (危ない……僕、また同じことをしようとしている)

 すぐ目の前にある長谷部のうなじから汗と雨の混じった匂いがする。息を吸い、吐く。吐息がうぶ毛を掠める。ギリギリのところで冷静になってよかった。

「おい、おまえさっきから息が当たってるぞ」

 もぞもぞしながらくすぐったそうにうなじをさする長谷部は、文句ひとつやふたつでも言おうと勢いよく振り返り、ギィと燭台切を睨む。しかし思いのほか距離が近かったのか、視線がかち合うと、長谷部は息を呑み、気まずそうな表情を浮かべた。

 再会してから二か月以上が経つ。それでも実際に会う回数が少ないからか、成人した長谷部の顔を見ると不思議な気持ちになる。

 もう二度と会うことがないと思っていた。たとえ再会しても、自分が好きなのはあのときの長谷部であり、大人の長谷部に興味が沸くがないと思っていた。

 でも、違った。

 目の前にいる長谷部は学生の頃より垢抜けていて美しさは増しているが、真面目さも普段の仕草も昔のままだ。燭台切の心を乱すのに、十分だ。
 
 紫の眸に自分を映している。それだけで胸が高鳴り、気が緩むとあのときみたいに好きな気持ちを零してしまいそうだ。そうする前に、長谷部から離れなければならない――そう思っているのに、腕の中のぬくもりを手離すのが惜しい。

 淡い桜色が濃さを増し、可愛らしい桃色へと変わった。潤った双眸に熱が篭っている、ように感じる。

 そういう反応をするから、勘違いしてしまうのだ。たぶん、もしかして、きっと……

「ねえ、そういう顔……やめてよ」

「ど、どういう顔だ」

 高鳴る鼓動がうるさい。燭台切は少しためらったあと、長谷部の頬に触れる。真っ赤に染まった頬は思ったより熱い。

「僕に……恋している顔」

「バカッ」

 ほんのり甘い声を、やわらかそうなくちびるを、燭台切は衝動的に奪った。腰を抱える腕にさらに力を込め、長谷部を抱き寄せる。

 ずっと、このくちびるの感触を知りたかった。想像通りやわらかく、タバコの味、少しカサついたところも長谷部らしい、まさしく男のくちびるだ。抱きしめた身体も、女のようにやわらかくない。硬くて、勢い任せに抱き寄せると平らな胸にぶつかって少し痛い。

 それでも、燭台切は長谷部に欲情した。身体がカッと熱くなった。胸の奥に潜んでいる欲をハッキリ認識したとたん、ただ感触を確かめるだけの口付けの質が変わった。

 舌でくちびるを割り開いて中に侵入する。長谷部の口の中は思ったより熱い。歯列をなぞり、上顎をさすると、腕に抱いた身体がぶるぶる震えた。

 上手に息継ぎができないのか、長谷部は苦しそうに顔を歪め、燭台切を縋る。塞がれて閉じることを許されない口の端から唾液が垂れ落ちる。

「ん、っ、んん……」

 どうすればいいか不安そうにしている長谷部の舌を、燭台切は舌で絡め取る。舌先を甘噛みして、吸って、舌の裏筋を突く。

 タバコの苦い匂いがしながら、ほんのりと甘い。チョコレートのように甘く、お互いの熱でこのまま溶けてひとつになれたら――と、思わずにいられない。

 なんの前触れもなく、エレベーターがガタッと小さく揺れ、動き出した。その揺れに、燭台切も長谷部もびくっと身体を跳ねさせ、お互いを離した。

 たった二人だけの密室に、乱れた息の音と無機質な機械音だけが響いている。

 顔を真っ赤にしてハァハァと息を零す長谷部を見据える。口付けで赤く腫れて濡れた長谷部のくちびるがやけに煽情的に見える。口の端を汚した唾液を、燭台切は親指の腹で拭きながら、息を吐き出すように笑った。

「ハハッ、今のキスだけで硬くなった」

 長谷部はハッと息を呑み込んだ。明らかに動揺している顔もかわいらしい。

 ロビーに着いたエレベーターは二人の心情を知るわけもなく扉を開けた。外から流れ込んできた空気がひんやりしていて気持ちいい。我に返った長谷部は一瞬嫌そうに顔を顰め、渾身の力を振り絞って燭台切を退かした。

「えっ」

 後ろへ傾ける身体、燭台切は慌てて手を地面につけてバランスを保つ。元陸上部の実力を発揮し、ダッシュして逃げる長谷部の背を見て数秒、すぐに起き上がり追いかける。

「長谷部くん、長谷部くん……」

 口付けで動揺しているのは決して燭台切だけじゃない。でなければ、走るのが苦手な燭台切は長谷部に追いつけるわけがない。

 長谷部の腕を強く掴む。縋るように指を絡める。長谷部の手のひらは、緊張か欲情か、汗で少し湿っている。もう二度とこの手を離したくない。

「は、はなせ」

「離さない。ねえ長谷部くん、僕の勘違いじゃないよね?」

 振り向かれた紫の双眸は、自分と同じく確かな熱を持っている。たぶん、もしかして、きっと……――バクバクと心臓がうるさい音を立てている。

「きみも……僕と同じ気持ちだよね?」

「なにバカなことを言っている!」

 長谷部の声が頼りなく震えている。愛しくて、抱きしめたい。

「好きだ。僕はいまも、長谷部くんのことが好きだ。ねえきみも、同じだよね?」

「違ッ」

 燭台切は一歩近づけて距離を詰める。顔を背けようとする長谷部を覗き込み、一対の眼を見据える。うそを許さない、というか、うそは言わないでほしい。そんな気持ちを込めて、燭台切は真っ直ぐに彼を見る。

 くちびるが震えている。黄金の眼に捉えられた長谷部は、か細い声で「……わない」と言葉を続けた。

 言葉の語尾が零れ落ち、空気に溶けて消える前に、燭台切は堪えきれず長谷部の口を塞いだ。

 さっきのと違い、長谷部は積極定期に自ら舌を伸ばした。熱い腔内をかき回す乱暴な舌を突き、絡み取る。

「ん、ぐっ、ん……」

 ようやくくちびるを離した燭台切は欲情した眼で長谷部を見据える。触れたい。抱きたい。ひとつになりたい――劣情に駆られながら、確かめたいこともたくさんある。

「長谷部くん、ねえ長谷部くん……言って、僕のことが好きって言って。確かめたいんだ。僕の勘違いじゃないって」

 頬を紅潮させた長谷部は視線を泳がせて数秒、恥ずかしそうに口を開けた。

「……俺、もだ」

 だいぶ間を置いてから、長谷部は大きなため息を吐き出した。諦めの色を顔に浮かばせた長谷部は言い難そうに言葉を続いた。

「好きだ、おまえのことを。今も……あのとき、も」

「あのとき……って、高校のときも?」

 なにかを躊躇っている長谷部はしばらく無言のまま、うなずく。ため息をまたひとつ。

「ああ。そうだ」

「じゃなんでそのとき僕がフラれたの?」

「受け入れられなかったんだ。おまえが……男が好きな自分を。しかも、いっ、挿入れられたいと思って。まだ17歳でしかも女の子と付き合ったこともない自分、友だちのおまえが好きだなんて」

 大事なことを言われているのはわかっている。長谷部の葛藤を、燭台切も当時抱いていた。いっぱい悩み、自問自答を繰り返した。ただ、それでも出した答えはひとつしかなかった――長谷部が好きだ。

 そんなことよりも、「挿入れられたい」と長谷部はそう言ったのだ。燭台切は眼を大きく見開いたまま、長谷部の肩を掴んだ。

「いまは……いまもその気持ちは変わってないよね? 僕にその……挿入れられたいと思う自分を、もう受け入れた?」

「ああそうだもう受け入れた! 女に告られ付き合っても結局好きになれなかった。誰も好きになれないままひとりで生きていくと決めた矢先、おまえと再会した。何も感じない心が、おまえと再会した日からまたバクバクうるさくて……こんなに時間が経ったのに、もう自分を受け入れるしかないだろう」

 長谷部の肩に置いた手に、燭台切は無意識に力を込めた。顔を真っ赤にして心の奥の気持ちをすべて晒した長谷部に、燭台切は真面目な顔で口を開く。

「長谷部くん、いますぐホテルに行こう」

「え」

「ホテルに行くんだ。たまに残業で終電を逃したとき使っているビジネスホテル、ここの近くにある。そこに行こう」

「なんでそうなる」

「長谷部くんは僕に挿入れられたいんでしょう? もうそんな自分のことを受け入れたんでしょう? 僕も長谷部くんのナカに挿入れたい、ずっと前から挿入れたかった。いまだって、キスして両想いになって、チ○コもう爆発しそうだ。行こう、いま行くんだ」

 燭台切の必死な形相に長谷部は思わずクスッと笑った。躊躇いも戸惑いも、燭台切の必死さに吹き飛ばされた。強く掴んでくる手の甲に、長谷部は自分の手を添え、握る。

「ああ、行こう」

 その答えに、燭台切は両眼を輝かせた。もう一度口付けをする。今度はやさしく、啄むようなキスだ。そしてその手を、二度と離さないと言わんばかりに強く握り、よく利用するビジネスホテルへ向かった。



 ~ハッピー燭へし~





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