向日葵と赤


「秀一くん、帰ろー」
「ああ、今行く」

背中に恨みがましい女子たちの視線を浴びながら、ドアのところに何食わぬ顔で立つ友人のところまで歩いて行った。

「おうおう、睨んでる睨んでる」
「こら、あんまり見ない。帰るぞ」

ふふ、と俺をからかうように笑って、その女の子はごく当たり前に腕を絡めてくる。

「モテる男は辛いねえ?このこのー!」

まるで近所の悪戯っ子だ。実際そうなのだけれど。
肘で脇腹をつつかれた仕返しに彼女の髪をぐしゃぐしゃと乱してやれば、「やめてよ」と言いながらも顔は笑っていた。

幼い頃から家が近く、ずっと一緒に育ってきたようなものだ。
親同士の仲も良く、彼女の両親は、俺のDNAを構成する父親と現在一緒に暮らす父親のどちらの存在も十分に知っている。
俺の家族が減ろうと増えようと、彼女たちの接し方は本当にただの一度も少しの欠片程度も変わったことがなかった。
多分、自分でも気付かないくらい自然に、だが同時にとても大きく俺はそのことに支えられているんだと思う。
そしてこれも同じように、俺はだからこそ彼女に惹かれ、愛しいと思うようになっていった。

俺の感情の変化とは裏腹に、目の前の彼女は相変わらず幼馴染として気さくに俺と接し続ける。
校内においての俺の色々な立場は熟知してくれているが、彼女自身は俺に対して特別な思いを抱いていない。
だからこそこんなにも無防備に俺に近付き、触れてくる。

「あのさ」
「ん?」
「そう、俺、こう見えて結構モテるんだ」
「こう見えてっていうか、見たまんまでしょ」
「まあどう感じるかは人それぞれだけど。それで」
「それで?」
「モテる俺がこういう風に特定の女の子と腕を組んで帰るっていうのは、色々まずいんだ」
「あはは、何を今更照れてんの」
「そうじゃなくて。付き合ってると思われるだろ。だから離れて。そうした方がいい」

あ、と思った時には表情が崩れていた。
花のような笑顔は、ガラスが傷付いた時のような悲痛な音を上げた。華奢な体は音もなく俺から距離をとり、そしてピタリと歩みを止めた。
予期しなかった反応だった。

「な、んで」
「え」
「何で、急にそんなこと言うの」

普通の顔が笑っているような顔の女の子なのに、今は力一杯泣きそうな顔をして、でも見られまいとして俯き肩をわかりやすく落としている。
それが何を意味するのか、俺に都合よく解釈してもいいんだろうか。

「今まで、別に何も言わなかったのに」
「まあそうだけど」
「…急に、嫌になったの?」

違うと言ってほしい。
そう顔に書いてあった。

「違うよ」

ほら、やっぱり救われたように顔をもたげた。
廊下を通り過ぎてく他の生徒たちは皆、俺たちを不思議そうに見ながら何も言わずに去っていく。

「本当は離したくなんかないけど、俺から近付いてもいい理由がないから」
「理由って…」
「こんな風に俺から触れたりしても、誰にも文句言われずに、お前からも喜んでもらえる理由」

触れた細い指は随分高い熱を持っていた。

「…そ、そんなの、ずっと昔から、あったのに」
「…気付かなかった」
「秀一くんが、鈍いからじゃん」
「お前だって。俺の気持ち知らずに胸とかぐいぐい押し付けてくるし」
「む…!へ、変な言い方しないでよ」
「思春期真っ只中の男子高校生に宣戦布告してるとしか思えないけど」

もうすっかり真っ赤に染まった顔で彼女は反論した。

「ち、違う、別に誰にでもそういうことするわけじゃないよ。大体、そっちが全然気付いてくれないから私は」
「……私は?」
「…し、知らない!」

それは嘘だ。
単にムキになっているだけの意地っ張りな幼馴染を、明日からは恋人として連れて歩けるように、
逃げ出した背中を抱き締めて俺の気持ちも伝えることにしよう。


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