ありがとうございました!


テオとジョシュア。


 ゆっくりとした動作で、熱く溶けたチョコレートケーキを頬張る、無邪気な顔。そう、一見無邪気な。
 しかし彼は、実際には甘い味に喜びなどは感じていないし、その所作は歳相応の幼子の無邪気を欠片も孕んではおらず、頭の中では無意味で膨大な数式や複雑な幾何学文様が渦を巻いているに違いなかった。それでも、自分を見る大人達の為に、菓子に喜ぶふりをする姿に、テオは感嘆するしか無かった。彼は分かっているのだろうか、その行為が、却って周囲の自尊心を傷つける事に。
 それでも、彼の表情は、甘いケーキに喜ぶ少年のそれだった。そこに、愛しい恋人の姿を見付けた気がして、テオはそっと目頭を押さえた。
「どうしました?」
 それを目ざとく見つけた少年が、彼に尋ねる。憎らしい。仇敵のくせに、最愛の人と同じ表情を浮かべるなど。
「何でもないよ。」
 応じれば、暫くはきょとんと僕の顔を見つめていたが、やがてケーキに視線を戻す。彼は甘い菓子より苦い飴を好んだ。それを知っていながら甘味を彼に与えたのは、嫌がらせか、それとも暇つぶしか、或いは何かしらの興味本位か。好奇心が先立った結果の行動だとしたら、なんと僕は自虐的なのだろうか。少年の表情に苛立つ。
「あ。」
 狂いの無い動作で菓子を食べていた彼の手元から、ぽたりと一滴、貴族らしい高価な服へとソースが零れる。それすらも演技なのか、僕に推し量ることは出来ない。兎も角侍女を呼ぼうとした僕の前で、ジョシュアは茶色い染みへと手を伸ばす。
 垂れたチョコレートソースを掬う細い指先。それを口に含んで舐める。彼らしくは無い、しかし子供らしい所作。どちらが本当の彼なのだろうか。
 彼の思惑は僕には分からない。しかしながら、僕は再び見付けたイブノアの面影に、溜息と共に目を細めるのだった。



 嫌がらせ(?)と仕返し。



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