「うううぅ……ぐすっ……すんっ……」

 使用人にあてがわれた部屋の一室で、私は途方に暮れていました。
 目の前には机に突っ伏してむせび泣く職場の先輩。この天童家で働く使用人としては一番の古株である三島葉子さん。
お酒に付き合って欲しいと言われた時から既に私の警戒センサーは嫌な予感をビンビン伝えてくれちゃったりしてたわけですが、
やっぱりその通りになりました。ああ、明日も仕事なのに……と心中でため息を吐く。
いつも何かと助けてもらってる葉子さんの頼みを断り辛かったということはありますが、私は思いっ切り後悔していました。
でも、目の前の大人気無い酔っ払いが私の心情なんて慮ってくれるハズも無く。
葉子さんはその整った睫毛を涙で濡らしながら顔を上げると、本日何度目かになる同じ話を私にぶちまけるのでした。

「一馬様のお気持ちは嬉しいんですよ……? でも、でも! 母の日にカーネーションと肩叩き券のプレゼントだなんてあんまりじゃないですか!?
私のこと、お、お嫁さんにしてくれるってそう言って下さったのにぃ……! し、しかもそれを見てた一花様が何て仰ったと思います!?」

 だん、と拳で叩かれた机が抗議の声を上げ、その上のワインボトルとグラスが危うく倒れそうになりました。
いかんいかん危ない危ない。そして条例的にこの人はもっといかんいかん危ない危ない。
ベッド傍のコルクボード一面に貼り付けられた一馬様の写真や、窓際のローチェストの上に置かれた一馬様の写真に目を移しながら、
私はちょっぴり呆れ気味に決まった答えを返すのでした。

「『良かったわね葉子。いつもおっぱい重たそうだし早速使ったらいいんじゃない?』って言われたんでしょ。一花様だって悪気は無かった
んでしょうし、もういいじゃないですか」
「いいえ! あれは私に対する牽制でした! 私に一馬様を取られまいとする深層心理があのような言葉を一花様に吐かせたに違いありません! 
だ、大体一花様は一馬様にべったり過ぎるんです! 抱っこのおねだりとか、照れる一馬様に無理矢理ちゅ~とか……お、お風呂だって最近は
私とは一緒に入って下さらないのに一花様とは一緒に入ったりしてぇ! ううぅ……どうして、どうして私とはそういうことをして下さらないん
ですか一馬様ぁ……!」

 そう言って葉子さんはまたボロボロと大粒の涙を流す。
 葉子さんが一馬様を溺愛しているというか、性的な意味で食べてしまいかねない程にメロメロの首ったけなのは今に始まったことじゃありませんが、
年齢一ケタのお子様――それも想い人の実妹にここまで嫉妬するのは色んな意味でデンジャーだと言わざるを得ません。
まあ、その想い人がようやく年齢二ケタに差し掛かったばかりのお子様であることも含めた道徳的な問題はさておいて。
その程度のことで飲めない酒を無理に飲んで号泣する位なら、いっそ開き直って正面切って一馬様にアタックするなり一花様に文句言うなりすればいい
ような気がします。いや、もちろん条例に触れない程度にですよ? 同僚から逮捕者が出るなんて嫌ですし。

「ううぅ……ごめんなさい、こんな駄目なメイドでごめんなさいぃ……。一馬様の温もりが残るベッドに寝転んだりしてごめんなさいぃ……。
もうシーツに顔突っ込んでスンスンしたりしませんからぁ……」

 通報しようかな? 一瞬そう考えました。割と真剣に。



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