拍手お礼:ギルバレンタイン夢
ニンゲンの世の中には、「ばれんたいんでー」という行事があるらしい。
主に女性が男性に、とりわけ好意を寄せるひとに贈り物をする習慣のある日だという。
贈るものはチョコレートが一般的らしいが、クッキーやマカロンなどのお菓子から花束、アクセサリーまで様々なものを贈り合う日となっているようだ。
――そんな話を、ジェニエニドッツおばさんから教えてもらった。
軒先をピンク色に飾っている店が多くなってきたから、そのことについて何気なく聞いただけだったのに、
「あんた、誰かあげたいひとがいるのかい?」
なんて、からかいながら問いかけられるまでに発展してしまって、慌ててごまかすように逃げてきたけど。
ばれんたいん、好きなひとに贈り物をする日、と小さく呟いて、私は胸の前で握りこぶしを作った。
よし。あのひとに贈り物をしよう。
ばれんたいんぎふと
~ギルバートの場合~
公園にある噴水の水で顔を洗うと、さっきまでの運動で火照っていた身体が静まっていくようだった。
ふぅ、と一息ついて、近くの気の根元に腰を下ろす。
今日は雪が降るのだろうか。
鈍い灰色の雲を見つめ、そんなことをぼんやりと考えていると、俺の腹が間抜けな音を立てた。
そういえば、飯も食わずに特訓してたな、と空っぽになった腹をさすってどうしたものかと考える。
「あ! いた!」
不意に聞こえた声にそちらを向けば、何か袋を持ったアリスがちょうど俺の隣に腰掛けるところだった。
くん、と鼻を鳴らすようににおいを嗅ぐと、どうやらそれが食い物であることが分かった。
「それ、食いモンか」
「うん、クッキーだよ。はい、はっぴーばれんたいん!」
聞けば、何やら訳の分からん言葉とともに、その袋を渡される。
ありがたいと受け取り、丁寧にラッピングされたリボンを解いた。
中から顔を出したクッキーを取り出してかじる。疲れている身体に甘さがちょうど良かった。
無心にクッキーを食べる俺を、アリスはにこにこと楽しそうに見つめている。
「なんだ。見られてると食いづらい」
「あ、ごめん。お腹空いてたんだと思って」
「ああ、飯食ってなかったからな」
そう答えて、最後のひとかけを口に放り込む。
「ごちそうさん。旨かった」
「えへへ、良かった」
無邪気な笑みに、自分の顔も綻ぶのが分かった。
そういえば、俺にこれを渡すとき、こいつはなんと言った?
はっぴー、ばれんたいんだったか?
俺の知らない言葉だ、とアリスに向き直って問いかける。
「おい。ばれんたいんって何だ?」
「え?」
「渡すときに言ってただろ。はっぴーばれんたいんだとか」
ああ、と頷いて、アリスはちょっと照れくさそうに笑った。
そして、ジェニエニドッツおばさんから聞いたんだけど、と前置きしてから「ばれんたいん」なるものの説明を始めた。
何でも、ニンゲンたちの年に一度の習慣らしい。
女が好きな男に、贈り物をする日だとか何とか、熱の入った言葉で俺に説明してくれた。
「なるほど。そんな行事があるんだな」
言いながら顎に手を当てたところで、ふとある言葉が引っかかった。
女が、好きな男に、贈り物をする。
その言葉を反芻して、俺は自分の手の中にあるクッキーが入っていた袋を見つめた。
こいつは、おれに、贈り物をした。
ばれんたいんとやらの風習に則った贈り物らしい。
贈り物は、女が好きな男に贈るもの。
すきな、おとこに。
単語がぐるぐると頭の中を巡り、やがてひとつの結論にたどり着いたところで、俺は勢いよく立ち上がった。
「ギルバート?」
「は、ははは走ってくる! お前も気をつけて帰れ!」
「え? え?」
「クッキー、旨かった! じゃあな!!」
目を丸くして俺を見上げるアリスに顔の赤さを悟られないように、返事を聞かぬまま走り出す。
さっきとは違う火照りを、二月の冷たい空気が冷やそうとするが、さっきまでの火照りと違ってなかなか静まらない。
言いしれない高揚感を抱え、次にあいつに会ったときに何て言おうかと考えながら、俺は走るスピードを上げた。
「あ、ランパス」
「……今、ギルバートが凄い勢いで走っていったが……お前が何かしたのか?」
「え、えーと……た、多分、そう」
「……そうか。鈍感なあいつとは思えない顔、してたから」
「そっか。それなら、頑張った甲斐があったかも」
Happy Valentine's Day to You!
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