バレンタインのチョコを手作りしなくなって久しい。

前に付き合っていた彼氏にマカロンが食べたい、ガトーショコラが食べたいと言われ毎年リクエストにこたえてきたがこちらから催促しない限り感想をもらえたためしがなかったし、
そのために頑張って試作品を作ったり納得のいくレシピを見つけるのにもう疲れてしまったのだ。

別れてからは楽しくて仕方がない。
キラキラの包装に包まれる、美しいチョコレート造形達。
一粒口に含めば甘さと幸せが体に染み渡る。
やはり素人仕事のものなんかよりずっとおいしくてコスパがいい。最高だ。

「おはよう、これ食べるかい?」

営業資料を整理しているとすでに外回りを数件済ませてきた上司、唐沢克己がいた。
いくつか可愛らしい、というよりは気合の入った袋を手にしているがそれとは別の紙袋を渡される。

「ありがとうございます・・・?」
「そこは疑問形じゃなく素直に受け取ってほしいな」
「あ、これ駅前のショコラトリーのじゃないですか!!?」

超人気店のバレンタイン限定商品!気になってたけど全然いけないし、行けたとしてもずっと売り切れてたやつだ。
朝早くに並んで整理券をもらって初めて買えるような奇跡的なチョコレートには後光が差しているように見える。
すごい、お目にかかれるとは・・・。

だが待て、こんな貴重なものをこんなあっさり手に入れていいのだろうか。

「あの、唐沢さん。これ、」

本当に私がもらっていいものなんですか。といえば、珍しくぽかんとした顔をする。
いや、だってこれ唐沢さんがもらったものの一つのはずだ。
この人はえげつなくモテる。
重ねた年齢に恥じないスマートさ、所作、駆け引きのうまさといい、あと顔がいい。
こんないいチョコをもらえるのもものすごくうなずける。

「安心してもらって大丈夫だよ、それは私個人からのだから」
「・・・は?」

わたしこじんからのだから。
私個人からのだから。

「さては今日残業ですね!?」
「どうしてそっちの発想になるんだ」

だってそうでもなきゃこんなの納得ができない。してたまるか。
だって、そうじゃなきゃ唐沢さんが私のために朝早く並んで整理券をもらってチョコを買ったことになる。
なんで、そんな、

「・・・素直にもらえないなら条件を出そう」
「へ?」
「そうだな・・・ホワイトデーに君が一番得意なお菓子が食べたい。これでどうだ?」
「・・・そ、それなら・・・はい・・・」
「受け取ったな?」
「は、はい・・・」

最後のほうは妙な圧を感じたが、手に収まった美しいチョコレートはまぶしい。
大切に食べよう、とほほ笑むと嗅ぎなれた煙草の香りがした。

「言っておくが、日々の業務にあたる君への労いも確かにあるが―――・・・それ以外もなければわざわざ苦労してそのチョコを送ろうとは思ってない。」

この意味をよく考えて、と香りが遠のく。
次の営業に行ってくる、とコートと鞄を持って部屋を出る上司の背中を無言で見送ってしまったが、言葉が出なかったのは仕方がないと思う。

勘違いしていいのだろうか。
うぬぼれてもいいのだろうか。
あぁ、もう、感情がごっちゃまぜになっていく!

「一か月後どうしよ・・・」

ホワイトデーのお返しと、あと―――。

END

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