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お礼創作は現在1点(律かな幼少期)です。









あなたを見てるから


震える手を握り締めて、軽く息をつく。小さな音であったはずのそれを聞きつけたのか、ひとつ年下の少女がこちらに近づいてきた。心配そうに首を傾げている。
「りつくん? どうしたの?」
「……かなで」
「きんちょう、してるの?」
「……ああ、少し、な。今回の曲は、少しむずかしいから」
今始まった演奏が終われば、次は自分の番だ。練習はしてきているが、本番で失敗しないという保障はない。コンクールではないのだから、そんなに気負う必要はないとわかってはいるが――どうしても、失敗したときのことを考えずにはいられなかった。
落ち着かせるように手を開き、また握り――ゆっくり何度も繰り返す。律がそうしている間、かなではなにやら黙りこんでいた。うーんと小さな声でうなっているのが聞こえる。――と、唐突に『そうだ!』と言って顔を上げた。何かを思いついたらしい。
「りつくん、手、出して!」
「……? こうか?」
(何をするんだ……?)
疑問に思いながらも、反射的に楽器を持っていない右手をかなでの前に差し出す。かなではその手を取ると、両手で優しく包み込んで、目を閉じた。
「だいじょうぶだよ、りつくん。こわくない、こわくない」
小さな声が、耳に優しく入り込んでくる。目を見開いて、律はかなでの言葉を聞いていた。
「こわくないよ。わたし、ここでりつくんの曲、ちゃんと聞いてるから。ちゃんと、えんそうしてるところ、見てるから。だから、だいじょうぶ。きっと上手にひけるよ!」
勇気付ける言葉と共に、かなでが満面の笑顔を浮かべる。かなでの声は、すとんと心の中に落ちてきて――律は、知らず知らずのうちに、かなでに笑いかけていた。
「……ありがとう、かなで」
「うん! あ……前のえんそう、おわったみたいだね。いってらっしゃい!」
ぱっとかなでが手を離す。気づけば、ステージの方から拍手が聞こえてきていた。係りの青年が、律を呼びにくる。
「ああ。……行ってくる」
弓を右手に持ち替えて、ステージへと歩き出す。もう、手は震えなかった。


End.






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