間違った知識






title/間違った知識





 授業が終わると同時に机の中から開きっぱなし――訂正、読みかけの本を取り出して読み始めた友人に、和巳は頭が痛くなった。

 まだ教室に残っている教師の方も既に慣れたのか、互いに我関せずといった雰囲気ではあるが、やはりいただけない。

 友人として一応は忠告するべく、真後ろの席から声をかけた。



「ねぇ」

「なに」

「せめて授業中に読むのはやめなさいよ」

「あの程度の話なら私にだってできるさ」



 声をひそめるでもなく口にされた台詞にひやりとして、思わず教室の出入り口に視線を走らせる。

 既に教師の姿が見えないことにほっとし、気を取り直して見直せば彼女はまだ手にした本を読んでいた。

 授業中もひたすらに本を読んでいる事実を、隠す気もないけど建前だけは、程度にしか工作しない友人は、当然ながら教師の話など聞いていない。



「なんであんた成績いいの」

「要領と記憶力」

「否定できないのが辛いわ。殴っていい?」

「友人の頭を殴る、だなんて。レディのすることじゃないよ、和巳さん」



 言いながらじりじりと身体を離し、手の届かない距離まで逃れつつ友人はのたまう。



「そうね。じゃあレディらしくネチネチと小言いっちゃう?」

「レディらしく、の意味について語り合おうかお嬢さん」

「お断りするわ」



 軽口を軽口で流して、友人の手にしている本に視線を移す。小説かなにかだと思っていたがどうやら違ったようだ。

 理解不能意味不明なタイトルに、重力無視した髪形の少女が突っ立っている表紙。一目見て少女漫画だと分かる絵柄を隠しもせず堂々とページを捲る様は、はっきり言って道化のようだ。当人もそれを理解したうえでやっているのだからなお性質が悪い。

 その視線に気付いたのか、彼女は指を挟んでしおり代わりにした本を、表紙がよくわかる形で和巳に見せた。



「近頃人気の少女漫画だけど、どう、読んでみる?」

「結構。絵柄も出版社も小学生向けじゃないの」

「昨今の少女漫画を甘く見てはいかん。けしからん作品ばかりで非常に見ごたえがある」

「……日本語って、複雑ね」

「だが、そこがいい」



 通じているのにあえて逸れた返答にピクリと手が動く。

 殴ろうか殴るまいか悩んでいる和巳の不穏な気配を感じたらしい友人は、慌てて本を盾にしながら言葉を続けた。



「今度違う本を持ってくるよ。そうだな、中高生向けの作品ならかまわないだろ?」

「……別に読みたくないけど」



 漫画に限らず本が嫌いなわけではないのだが、目の前の友人が薦めてくるとなれば話は違う。正直言って怪しい。



「いやいやいや、語り合おうじゃないか思う様」



 にっこりと、表面上は笑顔を浮かべながら友人が言う。はいはい分かった、と和巳が適当に返事をすれば、おもむろに栞を取り出し本に挟む。

 なにをする気だ、と警戒する和巳をよそに彼女は楽しげに黙考し始め、あぁこの女本気でぶっ飛んだ本を持ってくる気だな、と確信した。








(断ったって、どうせ持って来るくせに)









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