奥 州 ト ン ビ
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拍手ありがとうございます!頑張ります!!//2012/10/22//鳶
その日は朝から天気が良かった。ベッドから見上げた、カーテンの隙間から覗く青空は高く澄んでいて、今日という日が正に秋晴れの一日になることを予感させた。つまりそれは一年の内で最も良い一日になるだろうということでもある。秋もまた好きな季節だった。
既に二度寝が習慣となりつつあるにも関わらず、ブランケットを頭からすっぽりかぶっても、今日という日には再び睡魔が訪れることはなさそうだった。何かが急き立てている。しかし、不快な衝動ではない。クリスマス前の子どもになったかのように、ワクワクとした鼓動が身体をムズムズとさせていた。
「――一年で最も天候の良い日ならば、この私といえども早起きしてしまうものだろう。何か悪いことでもあろうか、いいや、ない…」
最近特に、私が早起きをすると、天変地異の前触れだと言わんばかりに驚く奴がいた。奴の暢気な顔を思い浮かべれば、少しだけ眠気が襲ってきたが、今日ばかりはそれに逆らいベッドから起き上がる。
裸足のつま先に、室内といえもう夏とは違うことを、その冷たさを持って床が教えた。そう言えば、ハボックがそろそろリネンやカーテンを冬用のものに変えないといけないと言っていたか。寒さは得意ではないが決して嫌いではなかった。
肌寒い室内を裸足のまま歩く。薄暗い廊下も、カーテンの隙間から差し込む爽やかな日差しで刻一刻と明るさを増していく。
キッチンに置かれたコーヒーメイカーは最近買い換えた最新のもので、持ち主なのにその使い方が未だによく分からない。その何とも微妙なコーヒーメイカーをできる限り視界に入れないようにして、ケトルに水を張り、コンロにかける。カップに用意するのはインスタントコーヒーだった。
「最近のインスタントコーヒーって侮れないほど美味しいですよ。たぶん、アンタにはこの差は分かんないと思います。つまり、平たく言ってこれはアンタ向きです」
ふざけたことを言うな。バカアホマヌケ! そう奴を罵ったのも随分前のことのように思える。確かに私はこの程度のインスタントコーヒーでも十分満足できていた。何より手間が掛からないのが好ましい。むしろ、最近では好んでインスタントコーヒーを飲んでいた…。
簡易ではあるが人並みに朝食を終え、迎えが到着する前に持ち帰っていた仕事を手に掛けていれば、時間は瞬く間に過ぎていく。僅かな仕事量であっても、今日という一日をスムーズに進行するためには重要なことと言えた。
秋の空が移ろいやすいのもまた事実のこと。正午を迎える前に、爽やかな秋晴れの空を分厚い雲が覆い始める。雨粒を多く含んだ曇天がまるで重く圧し掛かってくるようだった。そして、それに比例するように、私のやる気も減退していった。ヒトの気持ちも秋の空に例えられる理由がここにある。仕方がないことなのだ。幾分の諦めをもって、朝から握り通しだったペンを机の上に置いた。ポイ。あくまでも、ポイ、と。しかし、ペンは私の思いを汲み取らず、まあまあな勢いを持って机から飛び出し、床に転がった。――コンッ、コンッ、コン、コンコン…。些細な音なのに、硬質な音がその存在を主張する。司令室中の視線が、そのペンの持ち主、つまり私に集まった。この人、ペンを投げ捨てたよ、うわあ。実に雄弁な視線だった。一層、やる気が失われ、椅子を回転させて、その視線を遮った。そして、そのまま昼の休憩時間を迎え、一人二人と司令部から人がいなくなっていった。
床に転がったままのペンを拾ってくれたのはホークアイだった。
「――大佐、……」
いつもの叱る声色ではなく、少しだけ躊躇いや迷いが滲んでいたから、また椅子を回転させた。――ペン、ここに置きますからね。ホークアイはそう言って、書類の上にペンを置いた後も立ち去ろうとせず、伏し目がちにそのペンにじっと視線を注いでいた。
「えーっと、中尉? 何かあったかな? ここで話難いことならば、執務室に行くが?」
何事であっても、言葉を濁すようなことはしない彼女が、言いあぐねることだ。私は覚悟をもって席を改めることを提案したが、彼女は首を横に振った。
「いえ、そこまで重要な話ではないんです。申し訳ありません」
彼女は大きく息を吐き出し、右手にもっていた紙切れをすっと差し出した。
「差し上げます。――いいえ、貰っていただきたいのですが…」
またため息。そんなに彼女を悩ませている元凶は何か、差し出された紙を受け取れば、ディズニーリゾートのペアチケットだった。しかも、期限が今年中となっている。
「今年の年明けに祖父から渡されたものですが、もう10月も後半になってしまい、このまま行かない気がして…」
なぜ、彼女の祖父がペアチケットを彼女に渡したか、その理由を彼女に直接聞いてはならない気がした。どうしても気になるなら、その祖父に直接聞けば良い。ここ東方司令部にいるのだから。だが、それはわざわざ聞かなくても分かる気がした。グラマン将軍は常日頃から孫娘の恋愛事情をことのほか気にしていた。生きている内にひ孫の顔が見たいんじゃ。そう気持ちを込めて、彼氏を見つけてTDRに行ってきたらどうだと渡したんだろう。ホークアイが苦々しい顔を隠しもせずこのチケットを受け取ったことは容易に想像できる。
「では、私と一緒に行こうか」
グラマン将軍の意向には沿わないが、いただいたチケットを使用することはできる。それだけでも彼女の気持ちが晴れるなら良いだろう。
「大佐と二人でですか? それは…」
彼女は私の提案に眉を顰めて、あっさりと私の提案を却下した。私の心がほんの少しだけ傷ついたが、彼女の憂いを晴らすためなら是非もない。新たな提案を繰り出す。
「なら、希望者を募ってみんなで行くのはどうだろう」
TDSで合コンするような方向にすれば、グラマン将軍の意向を全く無視したことにならず、ホークアイも心苦しくないのではないか。
「準備は私がさせてもらう。それでいいかい?」
ホークアイは少しだけ間を置いて、頷いた。
「分かりました。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
私は責任を持って、東方司令部内の数人に声を掛けた。
それが数時間を待たず、東方司令部内のほぼ全ての人に知れ渡り、ホークアイ中尉と共に行くTDRツアー参加希望者が100名を優に超えた。それでも参加希望者が殺到し続け、どうやって事態を収束させようか真剣に悩んでいると、300名を超えていた参加希望者が次々と参加の取りやめを願い出る。そして、最終的に誰もいなくなった。――結局、ハボックを強制的に参加させ、ホークアイと私の三人でTDSへ行くことになったのだった。
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舞浜ラプソディⅤ-01 今度は三人でインパークの予定です。
※ 現在CLAP小話はこれのみです。
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