拍手して下さりありがとうございました! 拍手連載 *RESET12 いなくなった臨也のことを静雄が探す話 「クソッ…!」 公園のベンチに座り乱暴に煙草を取り出して吸っていたが、苛立つ気持ちは抑えられない。つい数十分前に仕事で物を壊してしまい、トムさんから休んでこいと言われた。 今月に入って何度目かわからない。先月だって、その前も失敗していたので借金は膨らむばかりだ。それも全部、あることが原因だった。 臨也が俺の誕生日から、居なくなった。もう半年以上も過ぎていて、季節はすっかり真冬から真夏へと変わっている。 池袋でも新宿でも、気配がしない。いくら街中を歩きまわっても見つからなかった。 その時急に公園の入り口から独特な鳴き声とバイクの止まる音がしたので、顔をあげてそっちを見る。すると友人であるセルティがバイクから降り早足で近づいてきた。 『静雄、大丈夫か!?』 「さっきの…俺が車ぶん投げてるところ見てたのか」 『ああ…』 問いかけると返事があり、目線を下に落とす。セルティはいつもこうして俺のことを気遣ってくれる。特に最近は様子のおかしいことをよく知っているので、声を掛けられることも多かった。 派手に暴れればすぐに目につくことをしているだけあって、ほとんど毎回見つかっている。ため息をついた。 「仕事あるんじゃねえか?」 『今日は無い。静雄は、こんなところで…』 「ちょっと休んでこい、ってよ。でももしかしたら、次こそクビかもしれねえな」 『なんだって?』 何度言われても最近の俺は力が抑えられなくなり物を壊していたので、限界じゃないかと自分で気づいていた。そろそろクビになってもおかしくないし、これ以上頼っていたら迷惑を掛け続けるのではないかと。 唇を噛んで、悔しさを滲ませる。自分が情けなかった。 『静雄今夜は空いているか?』 「…ああ」 『新羅がお前に話したいことがあるらしい。それで私は聞きに来たんだ』 「なんだって!?まさか臨也のことが…ッ!!」 思わず立ちあがって叫んだが、セルティは微動だにしなかった。だから早とちりだ、と自分で気づく。二人は知っていた。俺が臨也のことを探していて、最近調子が悪いことを。 あいつの居場所を知らないかと何度も聞いていたし、抑えられない怒りを剥き出しにして殴りかかったことだってある。実際には殴らなかったが。 『私もこれ以上辛そうな静雄を見ていられない』 「セルティ…?」 『待っている』 一方的にそれだけ告げると、PDAを仕舞いあっさりと離れて行った。俺は呆然としながら後ろ姿を見つめる。 なんとなく、嫌な予感が頭をよぎった。悪い知らせではないかと、胸が勝手にズキズキと痛む。取り乱すことのなかった友人が、俺を不安にさせた。 「臨也」 バイクの走り去る音を聞き、一人きりになったところで呟いた。未だに愛している相手のことを。 「俺は…間違っていたのか?」 臨也が居なくなって半年以上過ぎたが、ずっと悩んでいた。過去に、つきあう前に戻ってしまったことをだ。 告白してからあいつが変わったから、次こそは絶対に気持ちを伝えないと決めていた。待つことを選んだ。まずは友達として過ごして、徐々に近づき一緒に過ごす。 そして臨也から気持ちを伝えてくるのを、待つことにしたのだ。既に俺のことが好きだということは知っていたので、あいつの行動を見守っていると好意を寄せているような素振りが何度もあった。 きっとうまくいくと思ったのに、誕生日の数日前に失敗した。酔って臨也に絡んだらしい。 よく覚えてはいなかったが、その後に連絡が途絶えたので間違いない。どう何を謝ればいいのかわからないまま待ち続けて、誕生日前日にあいつは会いに来た。 しかし俺はその時急いでいたので、大した言葉も交わさず別れた。それから一度も、見掛けてすらいない。 誕生日だから、と弟の幽の家に泊まりに行く予定をしていたのだ。久しぶりに兄弟同士で話ができるし、臨也とのことも相談する気だった。楽しく過ごして、上機嫌に戻って来たというのにあいつは居なくなっていた。 メールも届かず、電話も繋がらない。あいつのことを知っていそうな奴らに片っ端から聞いて回ったのに、誰も知らなかった。新羅でさえも。 「どこ行ったんだよ、なあ」 折角うまくいっていたのに、どうしてこんなことになったのかわからない。自分の気持ちを告白して臨也とつきあっていた頃よりも楽しかったし、充実した日々を送れていたのに。 そんな日々は少しの間しかもたなかったなんて。俺は努力したのに、あいつは居なくなった。これではどうしようもない。 もう一本煙草を吸うかどうか迷っていると、携帯が震えた。そろそろ次の仕事に行く時間だろうと思い立ちあがる。その後もずっと、臨也のことで頭がいっぱいだった。 「話って、なんだ?」 仕事が終わりメールで連絡して新羅の家に行くと、セルティと二人で出迎えられた。二人共普段より真剣な表情をしていて、胸の辺りがチクチクと痛む。間違いなく臨也の事だ、と思った。 室内に通されてすぐ、驚きのあまり固まってしまう。ソファに置かれていた物に、見覚えがあったからだ。 「新羅?これ…もしかして」 「誰のかわかるかい?」 「当たり前だろうが。忘れるわけねえだろ」 置かれていたのは黒いコートだった。見間違えるわけがなく、懐かしさに涙が滲みそうになる。しかしすぐに、おかしいことに気づく。 慌ててソファに駆け寄ってコートを掴むのと、新羅が衝撃的なことを言ったのは同時だった。 「そのコートは臨也が着ていたものだ」 「……え?なんだ、これ?」 「死ぬ直前まで、身に着けていた」 確認しようと掴んだのだが、どうしてかコートは一部が破けていて、手首のファー部分は血がついていた。もうすっかり色が変色して赤黒くなっていたけれど、よく見るとコートの胸から下にもべっとり残っている。 一瞬コートに気を取られてわからなかったが、慌てて振り返った。そして尋ねる。 「もう一度、言え…今なんて」 「臨也は死んだんだ。君の誕生日の次の日の朝に」 はっきりと言い切られて動転する。コートを掴んだまま新羅に拳を向けようとしたが、黒い影が全身を押さえつけて遮られた。それでも叫んだ。 「どういうことだッ!?死んだ、って…まさか、あいつが…そんなわけねえだろッ!嘘つくんじゃねえッ!!」 「本当だよ」 表情を変えずに眼鏡の奥の瞳がじっと俺を見ていた。力の限り暴れようと更に強く拳を握るが、セルティも必死に押さえつけている。だが、引けないことはあるのだ。 「ふざけんな、俺は信じねえッ!!」 「別に君がどうしようと自由だけど、言い訳だけさせて欲しい。これは臨也からの、最後のお願いだったんだ」 「なにが、なんのことだ!?お願いって…あいつが何を!!」 その時急に白衣のポケットに手を突っこんで、携帯を弄り始めた。黙って見つめていると暫くして手を止めて、俺に近づいてくる。全身から力を抜いて待った。 すると新羅が持っていた画面を目の前に突き出してきたので、覗きこんで見る。簡素なメール内容が、明らかになった。 『シズちゃんには、言わないで』 「これ…なんだ、なんで…?」 「届いたのはまだ日付が変わる前だ。ちょうどその日は仕事で携帯の繋がらない場所に居たから、気づいたのは次の日だったよ。でもね電話した形跡も無かった」 「どういうことだ?」 「メールを打てるぐらいだから、きっと救急車を呼ぶぐらいできた。他の人間に連絡を取ることだってね。でも臨也の携帯には履歴もなく、握りしめたまま息を引き取っていた」 ようやくこれまで新羅が俺に黙っていた真相を知って、驚く。同時に視界が涙で滲んだ。ショックだったからだ。 こんなものが、あいつの最後のお願いだったなんて。 「助かる方法はいくらでもあった。臨也本人も気づいていただろうね。だけど自分から放棄したんだ」 「そんなバカなこと…」 「死を自ら選んだんだ」 真実を突きつけられて、全身から力が抜ける。黒い影の拘束は解けて、足から床に崩れ落ちて膝をついた。セルティも新羅も俺達の関係のことは知らないだろうから、この反応は驚いているだろう。 だけど止められなかった。他人に気遣っている余裕なんてない。そんなもの、どうでもいい。 手の中にあるコートをじっと見つめると、ぽたぽたと涙が吸いこまれていく。 「遺体が発見されたのは、静雄の家のすぐ近くの路地だ。君は誕生日当日に会ったかい?」 「俺の家…?いや、会ってねえ」 臨也に会ったのは誕生日前日だ。なのにどうして、次の日の夜に俺の家の近くに居たのだろう。戻るのは誕生日の次の日だ、と本人には伝えたのに。 日付が変わってすぐに戻るとでも思っていたのだろうか。すぐに話をしたくて、待ち切れずに早く行ったというのだろうか。 その時コートのポケットが妙に膨らんでいるのが見えた。中に何かある、と思った途端何も考えず突っこみ指の先に硬い物がふれた。慌てて取り出して。 「これ…」 小さな箱が手のひらに乗っていて、急に切なく胸が痛む。まさか、と驚きながら震える手で包装紙を破った。 |
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