拍手ありがとうございます!
*服従と反抗…ベルキ。
何時の日か頬に刻まれた消えない傷痕に舌を這わせると、彼がわずかに表情筋を動かして嫌悪の色を浮かべるのが見てとれた。
それでも耳障りな罵倒が飛び出てこないのは、どんなに頑丈な猿轡よりも効果的な言葉がルキーノの声帯を封じているからである。
それを知っているからベルナルドも薄く笑い返すだけだ。
「血がついていた。返り血でよかったな」
「当たり前だ」
ぶすっとした声で、短くルキーノが毒づく。
戦場から帰りたてのライオンは気が立っていて、彼を慕う部下でさえも迂闊に声をかけられないことが多い。
たとえそれが戦勝であってもだ。
ベルナルドは彼の手短で乱暴な報告から(後で自分の部下が丁重かつ正確な報告書を届けてくれるだろう)、今回の境界線で起きた抗争がこちら側に有利な結果を導いてくれたことは聞いている。
それでもルキーノは不機嫌な顔をしていることが多い。
もちろん負傷を負い疲弊している部下の前では闘志を鼓舞し、豪放磊落な指揮官を演じているからそんな顔は微塵とも見せないが。
どれだけ勝っても奪っても満足できないのは、どんな代価を支払っても二度と取り戻せないものがあると知ってしまったからだろう。
「酒はないのかよ」
「ここは俺の執務室だぞ。仮にも上司の前で飲むつもりか?」
やんわりと嗜めると、横を向いて露骨に舌打ちしてのける。
大きなマホガニーのデスクに散らばった書類をさらに乱雑な手つきで跳ね除け、空いたスペースに遠慮なく腰を下ろす。
「せめて葉巻ぐらい用意しろよ。気が利かねぇな」
さらに攻撃的に毒づく年下の部下に、ベルナルドは怒る風でもなく近づいた。
スーツの内側に手を差し込むと、一瞬だけびくりと身を強張らせる気配が伝わってきたが、書類のように跳ね除けようとはしない。
ベルナルドはホルスターに収められた銃を引き抜いた。
冷え切った鋼鉄はそれでもまだ硝煙の残り香を纏わせている。
無造作に指を引っ掛けたその銃口をルキーノの顎に下に固定した。
「もっといいものを用意している。お前も欲しいだろ?」
骨の内側にある柔らかい箇所に食い込むそれよりも、間近で微笑むベルナルドの顔をルキーノは見返した。先ほどと同様に、わずかな嫌悪を込めた眼差しで。
ベルナルドは笑って銃を外し、それをデスクに置いて身を翻した。
彼が自分に従うことはわかっていた。だから振り返って確認することもない。
ぎしりと優雅な音をたてて黒革の椅子の背もたれを軋ませ、ベルナルドは彼が自分の脚の間に跪くのを待つ。
「お前が俺に服従するのはオメルタだからか?組織への揺るぎない忠誠が、お前からプライドという牙を折って跪かせるのか?」
「それ以外になにがある」
義務的な手つきでベルトを外していくルキーノにもう一度笑いかける。
「もう一つ、もっと厄介で始末に終えない理由がある。お前が毎度仏頂面で俺のところに訪れ、立場も忘れて悪態をついてしまうだけの理由が」
彼が自分から顔を近づけるのを待たずに、その赤毛に指を絡ませてぐいと自分の方へと引き寄せ、ベルナルドは上体を折って頭上から囁きかける。
「お前は俺としたくてたまらない。それを素直に口に出来ないだけの、可愛い可愛い娼婦だよ」
睦言のように甘い蔑みの声に、ルキーノは髪を掴まれたまま顔を上げた。
見る者を射殺しそうな凄絶な眼差しとは裏腹に、隠し切れない欲情の匂いを硝煙同様に嗅ぎ取って、さらに愉悦を込めて笑う。
「ほら、ご褒美の時間だ。これ以上焦らすのは可哀想だからね」
返事はひどく下品な悪罵だったが、ルキーノが拒むことは一度としてなかった。
END |
|