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幼少の頃の話。
ガイは大体15歳くらいでルークは11歳くらいです。
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ガイ・セシルの朝は早い。それはまだ日が昇ってもいない暗い時間に仕事があるからだ。
ファブレ公爵家の使用人として、恥じぬように真っ先に身なりを整える。
それが終わると、次は朝食という訳ではなく、朝の軽い掃除に支度だ。
軽い掃除といっても、このだだっ広い屋敷を掃除するのはかなりの労力を要する。
それも寒い時期になれば、暖炉の用意などでさらに忙しいが今の季節は温かい陽光が続いていた。
温かい日が続き、絶好の洗濯物日和が続く。
朝早くからベッドのシーツを広げて干すのをガイも手伝った。
そうした手伝いを終えて、やっとガイが朝食に手を付けるとメイドの一人が青い顔をしてこちらに走って来る。
ガイはそれにまたか、と内心ため息を吐いた。それでも顔には笑顔を浮かべている。

「何かあったんですか?俺でよければお手伝をしましょうか?」
「ガイ。あなたじゃなきゃ駄目なのよ。ルーク様がガイをご所望なの!」

メイドにそう言われ、ガイは朝食を諦めて席を立ち上がった。
長い廊下を通り過ぎ、中庭に出た先にルークの部屋がある。
母屋から割と離れているこの部屋は、ルークが泣いていてもシュザンヌやましてやクリムゾンが気付くことはまずない。
だから使用人たちはそれほど旦那様から叱られずに済む。
だがガイはそれが妙に引っかかってしまうのだが、扉を開けた途端、そんな仄暗い感情はどこかえ消えうせてしまった。
代わりに耳をつんざくようなルークの泣き声が響く。
ルークの着替えと格闘していたメイドはガイの姿を見ると、さっさと白旗を上げて行ってしまった。
ガイを連れて来た相手のメイドも一緒に去っていく。
その間もまるで超音波みたいなその声が響いていた。
ついつい顔を顰めてしまいたくなるが、ガイは良く知っている。
ルークはこちらが嫌な顔をすると同様に嫌な顔をする鏡みたいな奴なのだ。
ルークの泣き声が不快だと気付かれてはいけない。
ガイはルークに困ったような顔を向けつつ、口元を緩めた。

「ルーク。どうしたんだ?今日はいい天気だぞ」
「おれ、あれ嫌いだ…!」

ルークは顔の前面に不機嫌な様子を表し、むすっと口を尖らせた。
ガイはまず先に顔中涙まみれのルークにハンカチをあて、ベッドの下の床に叩きつけてある服を見る。
一目見ただけで、なるほどルークが嫌がる訳だとガイは納得してしまう。
ルークは涙を拭ってもらいながら、拗ねたように言う。

「だから、ガイが良いって言ったんだ」
「…そうか。でも、泣くことはなかっただろ」

ルークは思ったことをすぐに言う。いい加減これにも馴れなくてはいけない。
いちいちぶり返すなら一体何のために自分はルークと約束をしたというのだ。
ガイはそう思ったが、ルークから目を逸らし、ハンカチを離した。
どうせ拭き終わった所だったと自分を納得させるガイをルークは睨んだ。

「だって嫌だって言ってんのに、無理矢理着せようとしてくんだもん!大体ガイが来ないのがいけねーんだ」
「おいおい、人の所為にするなよ。泣いたのはルークだろ。それに俺はいつも言ってるぜ?男は泣くもんじゃないってな」

ガイは少し疲れた笑みになる。
いつもは完全の笑みなのだが、朝早くから仕事をして成長途中のガイは疲れていた。
最近特に足がぎしぎし言って眠れないというのに、厄介なことだ。
窘められたルークは当然注意されてむくれ顔を浮かべていた。
なんだかそれが熟れたトマトみたいで、ガイはいつ爆発するんだろうかと半ば本気で思う。
前に少し熟しすぎたトマトを廃棄するといって、ガイはそれを運ぶのを手伝ったことがある。
調理すれば、まあ食べれないことはないと思うのだがここは公爵家だ。
腐りかけの物は口にする訳がなく、そんなものを食べさせた使用人は首になってしまうだろう。
ガイは貧民区域にいる人たちを思うと随分贅沢なことだなとつい仄暗い感情が湧くのだが、その時籠いっぱいに積み上げたトマトの一つが落ちた。
ガイにはそれがやけにスローモーションに見え、トマトは叩きつけられたようにぱっと地面に広がった。
妙に甘い様な酸っぱい様な臭いが立ち込める。その時ガイは気まずい思いをした。
今のルークもそのいつぞやのトマトのように癇癪を起こすのだろうか。
ガイが注意深くルークを見ていると、ルークは口をへの字にしてぷいっとガイから顔を逸らした。
癇癪を起さない変わりにどうやらルークの機嫌を完全に損ねてしまったようだ。

「ルーク。取り敢えず、服を着ようぜ。そのままじゃ風邪ひいちまうぞ」
「うるせー!」

ルークはガイに背中を向けたまま、怒鳴る。
うるさいとルークは言うものの、実際ルークの今の姿は貴族にあるまじき姿だ。
いくら最近温かいとはいえ、パンツ一丁はないだろう。
パジャマはメイドの手でなんとか脱がされて、あとは着せるだけなのだ。
ガイとしては朝食を食いっぱぐれるのはごめんであり、ルークの肩を掴む。

「風邪ひいたら、ずっとベッドの上で寝込むことになるんだぞ?なにより苦ーい薬やら、注射なんてのもあるかもな」
「!」

ルークはびくりと肩が跳ねて、青い顔でガイに振り返った。ガイはにっこりとほほ笑む。

「それが分かったら、服を着るんだ。いいな?」
「でも、おれこの服嫌いだ」

ルークは床の上に落ちた服を指さして言う。ルークは首元をぎゅっと締めるような服が嫌いだ。
本人いわく息が詰まるらしい。
ガイだって特別嫌いなわけではないが、動きにくい服を着せられて不愉快になる気持ちは分かる。
それにどの道、床に落ちた服をルークに着せる訳にはいかない。

「じゃあこれなんかどうだ?」
「それならいい…!」

ガイが箪笥からTシャツだがどこか上品そうな服を取り出し、ルークはにかっと笑う。
その子供としか言いようのない無垢な笑顔にガイも自然に笑みが零れた。

「じっとしてろよ。んで、次は足な」

ガイがルークにシャツを着せ、次はズボンを穿かせた。
そして最後の仕上げにルークに靴を履かせて終わりだ。
後はささっとルークの髪を整えてやればルークの子守から解放され、朝食にありつける。

ルークを連れて中庭に出ると、先程のメイド二人が外で待っていた。
その二人にルークを引き渡し、ガイは少し遅い朝食を取りに厨房へ向かった。



ルークが朝食を終えた後は、ちょっとした歩行訓練をする。
最近じゃほとんど歩けるようになったので、歩行訓練より勉強の時間が増えつつあった。
ガイはルークに文字を教えることになり、昼食を終えた後もガイが勉強を教える。
しかし昼間は一番日差しがポカポカと温かい時間帯であり、ルークはうつらうつらと目を閉じていき、首をかっくんかっくんさせて、終いには寝てしまった。
ガイだって眠いのをこらえてやっているというのに、ルークは寝ている。
それに腹が立ったガイはルークの頬を抓ってやった。

「はーい、お起て下さいねえ、ルーク坊ちゃん」
「…何すんだよ!?」

抓られたルークは翡翠の瞳を大きく見開いていた。かなり予想外の出来事だったようだ。
ルークはぶーぶーと文句を垂れ出すが、ガイはいい加減うんざりしていた。
こっちは結局お前のせいでほとんど朝食を食いっぱぐれた状態で腹が減っているんだ。
それに毎日毎日足やら手やらぎしぎし痛くて仕方がない。
メイドに大きくなった?、と聞かれたりするが身長が大きくなった嬉しさよりも夜眠れないことがストレスだ。
それに加えてルークは勉強に不熱心だ。一体誰が後で小言を言われると思っているんだ。
ガイの心中など知らないルークは、目に涙を浮かべて声を上げた。

「よくもおれを抓ったな!」
「そんなの、寝る方がわりぃだろ。俺はルーク坊ちゃんに教えてやってんだぜ?」

ガイが苛々した調子でルークを見下ろす。ルークは少しびくついた。
なんだかそれを見ていると怒りが徐々に静まるのを感じる。
まるで一方的に暴力をふるっているようで胸糞が悪い。
けれど謝るのは気が引けて、ガイが目を逸らすと声が聞こえた。その声は弱弱しくも主張する。

「…おれ、坊ちゃまじゃねえ」
「……悪かった、ルーク。だが、いい加減なれた方がいいぞ?」

ルークのその調子に少し落ち着いたガイが優しい声音で告げて、ルークの頭を撫でた。
ふわふわした質感に温かい日差しが相まって、ルークの頭は温かい。
目を細めて撫でるガイにルークは目線だけ逸らした。

「だったら様のがマシだ。おれガキじゃねーもん」
「ははっ。どう見たってお前はガキだろ。俺と全然大きさが違うじゃねえか」

ガイが思った事をそのまま言えば、ルークは頭で突撃してくる。
ガイはそれを軽々と押さえこみ、今だけは体がでかくなったことが素直に嬉しかった。
こんなにもルークを容易く押さえ込める。
初めてルークの面倒を見始めた時は四苦八苦したものだったがこれなら、困ることも少なくなるだろう。

「すぐにガイなんか追いついて抜かしてやるんだからな!そんで、おれがおまえを見下ろしてやるんだ」
「ああ、そうか。その日が楽しみだなあ」

ガイが白々しく答えるものだからルークは腹が立ってガイを殴った。
けれどガイは痛い顔一つしない。
ついこの間まではガイは心底痛そうな顔をしてルークを睨めつけたというのに、ルークは悔しくてガイをいつまでもぽかぽかと殴り続けた。

「身長がでかくなりたいんだったら、まず牛乳を飲まないと無理だぞ?」
「だれがあんなまずいもん飲むかよ!ガイだってでかくなったんだから俺もでかくなる!」

ルークはむきになって言うが、ガイはルークと違って栄養満点な魚料理を好んで食べている。
好き嫌いが多すぎて明らかに栄養が偏っているルークとガイでははっきり言って比べようがない。
ルーク坊ちゃんがそのことに気付くのはもっと後になってからのことだった。



おしまい
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あとがき
ガイがルークの頬を抓るっていうシュチュエーションとか結構おいしいと思うんですがどうでしょうか。
ガイは内心柔らかいなと意外に思ってたりするのですが、話の構成的に無理なので断念しました。
いつかルークのほっぺたを突くガイの話が書きたいものです。
ルークのほっぺたって絶対もちもちしてると思うんだ。
ガイはルークのほっぺに触る時は手袋を取って、武骨な手でいじり倒せばいいんです。
それでルークがガイうぜーって叫べば万事大丈夫です。うまく終わります。




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