◆同居開始



アッシュはふと窓の外を見て、時計を確かめた。薄暗さを感じて眺めた空は思った通り橙色に姿を変えており、時計の針もちょうど夕方頃を指していた。読書に夢中になるがあまり、時が経つのに気付かなかったらしい。ため息をついて、アッシュはとりあえず立ち上がって部屋の電気を点け、周りを見回した。散乱、とまではいかないが、見事に本棚に直されきれていない積み重ねられた本たち。今日も片しきれなかったようだ。
今日中の片づけを最早諦め、一旦つけた電気を消して部屋を出る。ひとまず夕飯の買い出しにいかねばなるまい。今まで通りの一人分の分量を頭の中で計算してからアッシュは、一度はたと足を止めてから、それを二人分に計算し直す。最近ほぼ毎日飯をたかりに来ていた奴のおかげで慣れたものだ。じきにきっと、最初から二人分で計算するようになるのだろう。
何せこれからは、毎日二人分で計算しなければならないのだ。


「おい、俺は今から夕飯を……って、」


リビングで声を上げたアッシュは、途中で言葉を途切れさせた。この場の片づけを命じていた相手の幸せそうな寝顔を目撃してしまえば、思わず閉口するというものだ。まだ隙間だらけの棚や中身が入ったままの段ボール箱などを眺めて、はあ、ともう一度大きなため息をついてから、朝そうするのと同じような大声で、アッシュは怒鳴り起こした。


「ルーク、起きろ!」
「うわっひゃいっ?!」


変な声をあげながらほぼ条件反射で転がっていた床から飛び起きたルーク。慌てたように辺りを見回した後、あれっと首をかしげ、やがて仁王立ちするアッシュと目が合った。


「……朝じゃねえじゃん!」
「朝じゃねえから起こしたんだろうが!夕方だ、夕方!お前がこの部屋の片づけに入って、サボって寝始めてから何時間だ!」
「え?そりゃあ肝心の片づけは一時間もしなかった気がするから……はっ!い、いやっしてた!片づけしてたから!ちょっと疲れて寝てただけだし!」
「何時間も頑張ってこの部屋の有様じゃあ、お前は本気で片づけの才能がねえな」
「うぐっ!あ、アッシュこそ今まで片づけ真面目にしてたのかよ!また昨日みたいにいつの間にか片づけるはずの本を読むのに夢中になって、全然進まなかったんじゃねえの?!」
「………。俺は今から夕飯の買い出しに行ってくる。その間に少しでも進めておけよ」
「逃げた!今あからさまに逃げただろ!ずりーぞ、どっちもどっちじゃねーかー!」


背中にルークの抗議の声を聞きながら、財布を掴んだアッシュは逃げるように外へ出た。二人で金を出し合った生活費用の財布だ。それを眺めてむず痒い気持ちを感じつつ、暗くならないうちにと近くのスーパーへ足を速めた。

……そのまま急いで安売りされていた肉や野菜を買って、簡単に炒めるだけにしようと献立を考えながら早歩きで辿る帰路。引っ越したばかりでまだ慣れないその道を、アッシュはどこか逸る気持ちを抑えながら新しい我が家であるアパートへと帰る。
一人で暮らしていた今までのアパートと違う点は複数あった。場所が、少しだけ学校から遠くなった事。以前より部屋が大きくなった事と、それによって家賃代も増えた事。しかしその増えた家賃代を二等分するため、結果的に払うお金は減った事。
そして、一人暮らしではなくなった事。


「………」


アッシュは一度足を止めて、前方を見上げる。アパートの二階、階段を上って一番奥の部屋、そこがアッシュと、ルークの新しい家だ。いつからどうしてそういう話になったのかは忘れたが、それぞれアパートを借りて一人暮らしをしていた所に、アッシュ宅へルークが入り浸るようになり、こうなったらもう一緒に住んじゃおうぜというノリになり、本当に実現してしまったという訳である。
少し古びた鉄筋の階段を音を立てて登りながら考える。きっとこれから大変な毎日が幕を開ける。何せ相手はルークだ、どれほど手のかかる幼馴染か、小さな頃から思い知っている。一緒に暮らすのは初めてだが、だからこそきっと衝突する事も数えきれないほど出てくるのだろう。それでもアッシュの胸に、不安が押し寄せてくることは無い。
ルークの嫌な所、駄目な所の倍以上、良い所や好ましい所は知り尽くしている。ルークだってきっと、アッシュの知らないアッシュを知っていたりもするのだろう。そうやって互いを知りながら共に時を重ねてきた。きっとこれからも、そうして二人は二人で進んでいくのだ。

日が落ち切り、薄暗くなった空の下。目の前のドアの向こう側は明るい。
さっそくアッシュは、一つ一人暮らしの時とは違う点を発見した。


「あっ!アッシュやっと帰ってきた!おかえり!」
「……ただいま」


自分の帰りを待ち焦がれた「おかえり」が、こんなにも優しく響くという事。
それに返す「ただいま」が、こんなにも胸の内を温めるという事。






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