空耳少女の行方



彼女は声が聞こえた。
歩いている時、誰かと話をしている時、買い物をしている時、ご飯を食べている時、寝ている時。いつでもふとした時に、声が聞こえた。
彼女がその声を聞こうと思ってもそれは聞こえず、ある時風に乗って彼女の中を通り過ぎていくように、前触れもなく突然声は訪れる。
彼女がその声を聞いた時、大抵の人はその声を聞いてはいなかった。どんなに彼女にはっきりと聞こえても、家族も友人もまったく聞こえないという。

彼女はやがて、それを「空耳」と呼ぶ事にした。
そうして「空耳」を追いかけてふらふらと旅を始めた彼女は、いつしか「空耳少女」と呼ばれるようになっていた。


「空耳」が聞こえる方へ聞こえる方へとあてもなく旅をしてきた彼女はある時、とある町の中で声を聞いた。
彼女が「空耳」を聞く場所は決まっていない。それは人々の喧騒の中から真っ直ぐ彼女を貫いていったり、何もかもが黙りこくる深い森の中でこだまのように響いてきたり、月の下眠る夢の中で迷惑にも叫んできたりと、時と場所を選ばなかった。
彼女は辺りを見回し、歩み行く人々が誰も何の反応も示さなかったので、それを「空耳」だと確信した。そうして声の聞こえた方へと歩き出した。

彼女が辿り着いたのは、町の片隅に忘れ去られたようにぽつんと建つ一軒の古びたお店だった。通りに面した店のショーウインドウから「空耳」は聞こえていた。しかしそこには先客がいた。旅人だった。
大きな一人分の荷物を持った旅人はどうやら一人旅の途中であるようだった。どこかくたびれた格好で、熱心に店の中を覗きこんでいる。彼女が傍にいる事にも気づいていないようだった。
彼女が旅人の横に立って同じように覗き込んで見てみると、そこには古めかしい、一体の人形が置かれていた。きっと何十年も前に着せられたのであろう古いドレスを身にまとったその人形は、色あせた金髪の上にほこりが被っている。手入れもされないままどのぐらいここに飾られているのか、彼女に分かるはずもない。「空耳」は、この人形から聞こえていた。
気づけは彼女は、旅人に話しかけていた。

「どうしてその人形を見ているの?」

旅人は飛び上がって彼女を見て、さらに目を丸くした。彼女にずっと見られていたらしい事に気付いた後、どこか照れくさそうに頭を掻く。

「いや、別に。ただ少しこの人形が気になっただけだよ」
「どうしてこの人形が気になったの?」

彼女はさらに尋ねた。旅人は肩をすくめた。

「何でだろうね、さっきここを歩いていたら、ふとこの人形が目に入ったんだ」

旅人の瞳は、本当に不思議そうに人形を見ている。彼女は納得した。

「あなたにも声が聞こえたのね」
「声?」
「ええ、「空耳」よ」

旅人は「空耳」を聞いたのだ。ただ、聞いた事に気づかなかっただけで。
きっと人は誰だって「空耳」を聞ける。しかし耳に入ったその声に、心で気付く事が出来ないのだ。彼女はただ、「空耳」を聞いた事に気づける人間、それだけなのだ。
旅人は困惑した表情で彼女を見つめ、人形を見、そしてもう一度彼女へ振り返り、瞬きをしてから頷いた。

「君は人形の声が聞こえるんだな」

彼女は眼をパチクリさせた。旅人は微かに目を細め、微笑む。

「僕にはもう聞こえないから、少し羨ましいな」

彼女は感心した。この旅人は、「空耳」の事が分かるらしい。そして自分が「空耳」に気づけない人間だという事も、知っているようだ。ふらふらと旅をしてきた彼女だったが、こういう人間に会ったのはこれが初めてだった。
珍しい人間もいるものだと納得した彼女は、満足して立ち去ろうとした。その背中に、旅人から声が掛けられる。

「この人形はいいの?」
「私、「空耳」を聞くだけなの」
「へえ」

振り返りもせずに歩く彼女に、最後に旅人は尋ねた。

「これからどこへ行くの?」

やっぱり彼女は、振り返らずに答えた。

「「空耳」のある場所へ」

彼女はとうとう、見えなくなった。


数分後、お店から出てきた旅人の腕には、あの古めかしい人形が収まっていた。持ち上げて耳を近づけたりもしたが、とうとう諦めて荷物の中に人形をしまう。後でもう少し見た目を綺麗にしてやれば元は可愛らしい人形なので、誰かもっとふさわしい人の元へ譲る事になるだろう。
旅人が人形から聞こえる「空耳」を聞く事は最後まで無かったが、何となくそれが正解なのではないだろうかと思った。何が正解で、何が間違っているかなんて、旅人には分からない事ではあるが。
旅人はふと、彼女が去っていった方向へ視線を向けた。

「あれが噂の「空耳少女」か。ああ確かに噂通り、不思議な子だった」


空耳少女の行方は、誰にも分からない。





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