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twst ジェイド夢 『あの時助けて頂いた鶴です』



我が一族には、代々伝わる話がある。
遠い昔、山深くで罠にかかった先祖が助けてくれた男に一目惚れをし、その助けられた恩を返すべく、美女に化けて男の元に行き、自らの羽で織った布を提供し男を裕福にしようとした。そのついでに嫁として貰ってもらうつもりだったそうだ。男も満更ではなさそうだったとのこと。けれど順風満帆かのように見えたその生活は長くは続かなかったそうだ。結局その男に本来の姿を見られてしまい、泣く泣く男の元を去った。先祖は男の元を去った後も深く男を愛していたので、日々泣き暮らしていたのだが、なんと先祖の本来の姿を見ても怖気づかなかった男が先祖の事を迎えに来て、ハッピーエンド。何とも作り物感漂うお話だ。
けれども、我が一族の特に女性はこの話に大変な憧れを抱いており、助けてくれた男を運命と定め、押しかけ女房をするのが理想の結婚像なのだ。もちろん、機織りの技術は必須教養である。おかげで世界的に有名なブランドとして確立しているので、それはまぁ良い事ではあるけど、実際はいつか嫁ぐ運命の男に貢ぐために磨かれた技術だと知られたら……考えたくはない。
こんな理想を抱くものだから、専らみんな山ガールよろしく山に通い詰める。少し考えれば分かるだろうに、先祖の時代とはもう大分違って、山に獣を捕まえるような原始的な罠なんてあるはずがない。実際、甲斐甲斐しく山に出会いを求めて通ったところで、「助けてくれた男性と恋に落ちました!」なんて話は一切聞かない。もう時代遅れなのだ。昨今では、当たり屋的な押しかけ女房事案も発生していて、ちょっと問題になりつつある。
まぁ、私には関係のない話よね、と余裕ぶっこいてたのだが……そのツケが回ってきた。

「おやおや……この山に鶴とは、珍しいですね」

ガッツリ足をとらばさみにはさまれ、このままの姿じゃ外せないけど、人間の姿になったらもっとガッツリ肉に食い込むから嫌だな、とか考えてたら足音が聞こえたので、どっちにしろ姿は変えられないなとふてくされていた所に、やたら背の高い青年がやってきたのだ。我が一族では「見るなの禁」と言われ、姿を変えるところを見られることをを最大のタブーとしている。現代じゃ変身薬の存在もあり、姿を別のものに変えることは全然珍しいことじゃないというのに、時代錯誤もいいところだ。
面倒だからさっさと別のところに行けと威嚇すれば、何が面白いのか「ふふふ」と笑って、罠を外そうとしてきた。
やめろ、余計なことをするな、あっちに行けと暴れるが、どうやら男は魔法士であるらしく、何かしらの魔法を私にかけたようで身体の自由を奪われた。

「はい、外れましたよ」

そしてご丁寧に罠にかかって傷ついた足を治癒魔法をかけて直してくれた。
我が一族に代々伝わる話に乗っ取ると、私はこの後この男の元に出向いて礼をしなくてはならない。いや、礼をするのは当然だ。それは勿論だ。何せ傷まで治してもらっている。もう全然傷跡残ってない。かといって、昔話に乗っ取った礼をしたくはない。
男が来ている服を見ると、見覚えのあるものだった。名門ナイトレイブンカレッジの運動着であったはずだ。胸に所属する寮と学年クラス・出席番号が縫い付けられている。親族の中にもナイトレイブンカレッジ出身の者がいたから分かる。どうしたものかな、と飛び立つことも出来ず困り果てた。

「どうしたんです? 他に傷はなさそうですが。もう罠にかかるなんて馬鹿な事、してはいけませんよ」

私も馬鹿だと思ってるよ。何でこんな原始的な罠にかかってしまったのか本当に謎。やっぱり横着して飛んで帰ろうとしなければよかった。普段は人間の姿で生活しているものだから、たまには本来の姿に戻って飛んでおいた方がいいかもしれない、とか思うべきじゃなかった。
まぁ、いい。所属寮や出席番号まで分かれば、調べることはたやすい。後日礼に超高級反物でも郵送するか、とその男に軽く会釈して飛び立った。もう二度と会うこともあるまい。
そのはずだった。

今私は、魔法士を育成する学校・ナイトレイブンカレッジのオクタヴィネル寮に来ている。目の前にはオクタヴィネル寮副寮長で、二年E組出席番号十三番のジェイド・リーチ氏の部屋の扉がある。
帰宅した私は、もちろん罠にかかったことも、挙句助けられたことも誰にも一言も話さなかった。礼に送りつける予定の超高級反物を用意せねばなるまいと、暫らく織物部屋に籠ろうとしていたくらいで、特段変わった様子は出していなかったと思う。家族に「ちょっと新しいパターン思いついたから試したい」と言って部屋に籠るのは珍しい事ではなかったので、気にもされていなかったはずだ。だがしかし。
突然ばったーんと大きな音で部屋の扉が開かれたと思ったら、母が大慌てで私宛に手紙が届いていると言うのだ。手紙ごときで何をまぁそんなに慌てているのかと呆れたのだが、渡された手紙を見て血の気が引いた。その手紙には、「先日山で負った怪我の調子は如何でしょうか。何分僕は魔法士の見習い、かけた治癒魔法に不備があったのではと心配です。あなたが飛び立った後、落としものを拾いました。とても大切なものかと思いますので、郵送させていただきます。ジェイド・リーチ」とご丁寧に私が山で男に助けられたことを明記してあった。しかも落とし物だと送られてきたのは、顔写真付きの学生証……。頭を抱えたくなった。
既に封を切られていた手紙は、恐らくもう母も目を通したのだろう。だからこそあんなに大慌てでやってきたのだ。……母は昔話の熱狂的なファンである。父と出会う前はしょっちゅう山に通っていた山ガール(笑)だ。

「色々言いたいことはあるけど、今はいいわ。さっさと行け」
「……はい、お母様」

これだから嫌なのだ。だから助けないでくれと思っていたのに。何を言っても罠にかかってしまった私が悪いのだから何も言えない。
織り上がっていたいくつかの反物を抱え、扉をノックする。「はい」と聞こえた声は、確かに山で会った男の声だった。

「おや、あなたは……」
「先日は、私の使い魔である鶴を助けてくださり、ありがとうございました。使い魔ばかりではなく、落とし物まで届けてくださって大変感謝しております。つまらないものですが、こちらお礼代わりに用意いたしました反物です。ぜひお受け取りください」
「これはこれは……ご丁寧にありがとうございます。女性をいつまでも立たせているわけにいきませんから、どうぞ中へ。紅茶をお入れします」
「いえ、すぐお暇しますので……!」

私=鶴というのはバレてはいけないタブーに入るので、どんなにバレバレだろうが形式上は嘘をつかなくてはならない。絶対バレてるけど。

「まぁそうおっしゃらずに。随分遠いところからいらしたのでしょう。 少しくらい休まれた方が良いのではありませんか?」
「いえ、本当にすぐ帰らないと。お気遣いは有難いのですが」

母はきっと恐らくっていうかほぼ間違いなく押しかけ女房してこいという意味で「さっさと行け」と言ったであろうが、そんなの絶対に嫌だし、そもそも万が一その気があったとしてここは学生寮だ。しかも男子校。今回ここを訪ねるにあたっての手続きもくっそ面倒臭かったというのに。どんなに頭おかしくなっても「嫁にしてください」とか絶対言いたくない。
だからそもそも部屋の中に入る気が一切ないのだ。礼の反物だけ押し付けて、さっさと帰る。母には「鶴の姿バレました」とか適当言っておけば全て解決だ。そう思っていたのに、中々この男、折れてくれない。というかまだ反物を受け取ってくれてすらいない。

「さぁどうぞ」
「いやあのホントに、て、あっ」

押し問答に焦れたのか、手を引かれて部屋に入ってしまう。バタンと後ろでドアが閉まった。

「ちょうど紅茶を入れようとお湯を沸かしていたところだったんです。さ、どうぞこちらへお座りください」

部屋の真ん中に用意されていたテーブルセットに案内される。こうなったらさっさと紅茶を飲んで帰ろう。反物は適当にどっかに置いていけばいい。

「大変に驚きましたよ。まさかあの山に鶴がいるとは思いもしませんでした」
「は、はは。あの時はその、お使いを頼んでまして。慣れたお使いだったのできっと気が緩んでしまったのかもしれませんね」
「そうそう、随分酷く足を怪我していました。お怪我の調子は大丈夫ですか?」
「お、おかげ様で。今では”使い魔”の鶴も元気に飛び回ってます」

バレバレなんだろうけど、こっちは隠したいので何度も私は鶴ではないのだと主張していく。空気が読めそうな人だと思っていたのだけど、全然こっちの意図を汲んでくれない。

「ふふ、使い魔、ですか。あなたの左足ですけど、あの鶴も左足を罠に取られてましたね。僅かにですが、僕が掛けた治癒魔法の残滓が残っています。必然的にあなたがあの時の鶴だと、今も証明され続けているのですよ」
「えっ!」

魔法の残滓とかそんなのあんの!? 初耳すぎる……。というかそこまで証拠があるともう言い逃れ出来ない。いや待てよ。むしろ好都合じゃない? これで名実ともに「正体バレました」ってことじゃん。大手を振って家に帰れる。

「ではもう隠していても仕方がありませんね。そうです。私があの時助けて頂いた鶴です。こちらの反物は、時価にはなりますが今市場に出回っている高級品に何ら引けをとらないものであると保証いたします。どうぞお受け取りください」
「やはりそうだったんですね。お礼なんて良いのですよ。僕はお金に興味はありませんし……。ですが」

なんと無欲な青年なんだ、と感動した。これまで全然人の話聞いてくれない面倒な人だなとか思ってたけど訂正する。何だか腹に一物抱えてそうだなとか思っててすみませんでした。

「あなた方鶴の一族は恩返しに嫁いでくると聞いていましたので……嫁入り道具がそれだけで大丈夫なのか心配です」
「は?」
「あまり例はありませんが、この国の法律では16歳から婚姻は可能ですし、我が寮長にも言付けてあなたの部屋を用意したのですよ」
「え?」
「あぁそうだ。正体を知られてはいけないのでしたっけ。けれどまだ婚姻前ですし、ノーカウントですよね。これから末永くよろしくお願いします」

え、どういうこと?



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