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twst 五条悟夢 『薫は香を以って自らを焼く』


 祖母の形見の着物がどっさり、そのまま母を通り過ぎて私のところまでお下がりされた。「呪術師って着物とか着るんじゃないの?」という母の思い込みによる所業だ。家は呪術師の家系ではない。何故か私だけ呪霊が見えて術式があったから、その力を使いこなせるようになるために既に受かっていた高校への進学を取りやめてわざわざ呪術高専に入学したのだ。担任である夜蛾先生が任務先で私を発見したからだ。その為なのか先生は離れて暮らす親の代わりにと色々気を遣ってくれている。
 問答無用でどっさり送られてきたそれを、しかし私はどうすることも出来なかった。ギリ浴衣を着ることは出来る。ただし帯は作り帯だ。浴衣を着られるといったって、一時間後にはしっかり襟が開くようなだるっだるな着付けだ。いやあれを着付けと言ったら多分失礼だ。だから毎年祭りに行くには祖母に全てをお任せしていた。祖母が着付けると、飛んでも跳ねても着崩れないのだ。教えてもらった事もあるが、覚えられなかった。未だに帯など結べない。
 そもそも別に呪術師は着物着てない。着てる人、二人しか見た事無い。歌姫先輩と京都校の学長だけだ。よくわからない偏見に巻き込まれたくさんの着物を手にしたけれど、まさに宝の持ち腐れ。五条君にそう言われた。五条家のお坊ちゃんである五条君は祖母の着物をチラ見して「悪くないな」と言ったのだ。昔は着物を着せられていただのと聞きかじった。だから多分、祖母の着物はいいものなのだろう。そんなものを呪術師(笑)みたいな私が任務に着て行けるわけない。ていうか着たら多分動けなくなる。

「着物なんて着てなんぼじゃねーの」

 着なきゃ勿体ない、と五条君は言う。その五条君は着物を「堅苦しいから」とか言って着ないけど。でもきっと五条君の着る着物は桁違いであることに違いない。

「そもそも着物一人で着れないから」
「じゃあ着付けてやろーか。教えてやってもいいぜ。一回に付きジュース一本な」

 破格。破格の待遇。
 別に着物を着れるように凄くなりたいとかは思っていないけど、あの五条君をジュース一本で動かせるなんて。

「是非お願いします!」

 逃す手は無いな、って思った。いや別に逃しても痛くないんだけど。





「是非お願いします!」

 がしりと俺の両手を握って目を輝かせているこいつに、内心ガッツポーズしていた。いやきっと手を握られていなければそのままガッツポーズしていただろうな。
 こんなに簡単にこいつの部屋に入る口実が出来るなんて。しかも着付けだ。合法的に密着できる。俺ってばやっぱり天才だな、と自画自賛していた。何だったらこいつに着物を送り付けてきた母親に感謝だってしている。本当にありがとう。その内ご挨拶に伺います、なんつって。
 と、思っていた。
 何も出来なかった。
 密室で、二人きりで。俺が着物を着付けてやって。帯を結んでやって。普段の制服姿とは違う姿を俺だけが見られるのは眼福だ。手順を教える間、俺を尊敬する目で見てくるのも本当に可愛い。
 可愛いけど、可愛いんだけどそのまま普通にジュース一本奢ってもらってさようなら、って。健全かよ。いや付き合ってないから正しいんだけど。
 これを機にどうにかなろう、って思っていたのに。あんなに純粋に「凄い凄い」とはしゃぐアイツをどうにも出来ない。情けねぇな、俺って。



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