冷めない関係






定時から半刻、部下の運転する車の後部座席に座り帰宅すると、屋敷には明かりが灯っていた。
今日は週に一回の通いの家政婦の来る時間ではないが、賊かと身構えることもない。
そもそもそういった輩がご丁寧に明かりなどつけるはずもないが。
客人が訪れることは知っていたーーー
普通は主人が客を出迎えるのだが、その逆だというだけの話だ。
まして、今回が初めてではない・・・五回目か。
ちなみに最初の数回はカウントしていない。
合鍵を渡したにも関わらず、体が冷え切るまで門の前で立ち尽くしていた最初の数回は、
明かりなど灯ってはいなかったし、実は思い返すことには苦味も伴うからだ。
あのときは小一時間説教をしてしまったーーー思い出して苦笑する。
なぜ室内で待っていないのか、どうして私の家へ来ると電話の一本も寄越さないのか、と
項垂れる兄弟を並ばせて声を荒げてしまった。
まぁいい、君は風呂で体を温めてきなさい、と兄を風呂場に閉じ込め、鎧の弟を見上げた。
彼はその厳つい体には似合わない幼い声で弁解の言葉を口にしたーーー兄の。
ごめんなさい、といつかの言葉を思い出す声で。
ごめんなさい、大佐。兄さんも電話した方が良いのは分かっていたんです。
でも日頃不義理をしていることも分かっているので、
自分が困っているときだけ頼るのはずるいって思ったんです。
だけど、今晩どうしても宿がとれなくて・・・
それで大佐の鍵のことを思い出したんです。
いつでもおいでっておっしゃってくれたから、ご厚意に甘えさせてもらおうって
ボクが提案しました。
だけど、いくら鍵があっても勝手に中に入るのはマナー違反だと思って。
でも電話は掛け辛いって兄さんが。大佐が帰宅するときにお願いしようって。
だけど、もうちょっと待って駄目だったら電話しよう、もうちょっと・・・って
言っていたらどんどん時間が経ってしまって。
悪いのはボクなんです、大佐。だから兄さんだけでも泊めてください、お願いします。
ボクは庭先か玄関を貸してもらえれば黙って立っていますから。
一生懸命そう説明し懇願した弟の方が深々と頭を下げた。
私は溜め息を一つこぼすと、ポンッと彼の肩を叩き、
「客間は突き当たりの部屋だ。新品のシーツが棚にあるから、ベッドを整えてきなさい。
 ・・・君たち二人分を」
となるべく優しい声音を意識して告げてみる。
すると顔を上げた彼は、たぶん人間の姿をしていれば笑顔満面だろう、嬉しそうな声で
「ありがとうございます!」とペコペコ頭を下げながらピューと居間を出て行った。
それから数分もしないうちに、今度は兄の方が風呂から上がり姿を現した。
弟の姿がないことを不審に思い、「アルは?」と問いかける彼にわざと無言でいると、
サッと顔色を変え「オレが出て行く! だからアルは泊めてやってくれ!」と
今度は兄の方が弁護だーーー弟の。
弟と似たような台詞を、ただし「悪いのは自分」と同じ内容で延々としゃべり
「オレは野宿する」と最後の言葉も同じ。
ただし、こちらは頭を下げず、キッと睨みつけてくる。
ふぅ、と息をもらすと、私は堪えきれず噴出してしまった。
ポカーンとする子供に「君の弟は客間だ」と告げ、
「君はキッチンへ行きなさい。私は夕食がまだなんだ」と彼の背を押し立てる。
それでも理解していない子供に
「君と弟の宿代は、今夜と明日の食事を作ることだ。私と君と、君の弟の分を」と
小さな背を軽く押しキッチンへ押し込んだ。・・・
あの日は結局、ろくな食材がなかったので缶詰とパンだけの質素な夕食だった。
しかし、私も彼らもその晩は満たされた気持ちでいっぱいだった・・・
少なくとも私はそうだし、彼らも同じだと思う。
ーーーそれが一番最初に彼らが私の家へ泊まった夜のこと。
あれから何回かは、電話をするしない、鍵を使う使わない、の押し問答。
ようやく現在の、事前に電話をし鍵で室内に入る、という手順を踏むようになったのはここ五回。
もちろんそれ以前の思い出も苦いものだけではない・・・
さて、と部下に手を上げて帰らせてから待つこと数秒。
車の音を聞きつけたのだろう、パタパタと軽い音と、
バタバタとこちらは軽めを心がけている音が近づいてくる。
もうすぐ扉が開き、彼らが出迎えてくれることだろう。
ふわり、と空腹を刺激するシチューの香りを漂わせながら。






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スープの冷めない関係。








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