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お相手は夜リクオさんです。
みなが寝静まったであろう時刻を見計らって奴良家の門を潜った。日常の喧騒から抜け出した静けさに、少し不気味さを感じながら戸口に手を掛ける。こそこそと誰にも見つからないようにする様は、まるで泥棒にでもなった気分だ。
音が響かないように慎重に引き戸を引く。思った以上にガラガラと耳障りな音がして、ひやっとする。みんなを起こしてしまっては大変だ。そんな気持ちで引き戸に両手を添えてそっと優しく閉じる。だがその最中に一番会いたくなかった人物から、声を掛けられた。
「こんな夜更けまでご苦労なこった」
誰だと確認するまでもなかった。長年傍で仕えてきた身、あなたの声が判断出来ないはずが無い。
ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには夜の姿をされたリクオ様が腕を組ながら壁にもたれ掛かっていた。思わず一歩退きたい気持ちになる。
「リクオ様…夜更かしは身体に毒です。明日も学校なのですから…」
「随分見ねぇ間にしおらしくなっちまったな。前までの威勢はどこに行ったんだ?」
壁にもたれ掛かったまま、リクオ様は意地の悪い笑みを浮かべる。そんなリクオ様に俯いてだんまりしてしまうと、くっくっくっと喉を鳴らす音が聞こえた。顔を上げるとやはりリクオ様が笑っている。無邪気にはしゃぐ子どものような、眩しい微笑みだ。
「本当に別人みたいだな…。考えてみりゃ、俺の傍から片時も離れようとしなかったお前が、何日もかかる遠征に赴くのも、可笑しな話だ」
「…何もおかしなことはありません。総大将の命令とあらば、わたしとて首を横に振る訳にはいかないのですから」
「へぇ、そうかい」
納得のいく答えじゃなかったのだろう。リクオ様の表情は先程とは違い、険しい。そんな変化を見て見ぬ振りをして、わたしは適当な理由を突き付けてこの場から即刻立ち去ろうと考えた。これ以上リクオ様といると、高鳴る心臓の音があなたにまで届いてしまいそうで、とても恐い。
「…すみません、リクオ様。これから総大将への報告がありますので、失礼します」
軽く会釈をしてリクオ様の隣を通り抜ける。幸いにも辺りが暗闇に包まれていたおかげで、わたしの火照る頬は見付からずに済んだ。ほっと胸を撫で下ろしていると、不意に後方から腕を捕まれる。言わずとも、その正体はリクオ様だ。
「待ちな。話はまだ終わってねぇ」
振り向くと何もかもを見通してしまいそうな瞳が、わたしを捕らえた。自分の気持ちを読み取られてしまうんじゃないかと、咄嗟に合わさった視線を俯かせた。
掴まれた部分からじんわりと伝わるリクオ様の熱に、思わず胸が高鳴る。はなしてくださいと震える声で呟いても、聞こえていないのかリクオ様はわたしの腕を力強く掴んだままだ。抵抗のつもりでそれを引き剥がそうと試みるけれど、びくともしなかった。
「俺から逃げる理由はなんだ」
「に、逃げてなどいません…」
「答えになってねぇな」
脅迫するみたいに、掴んだ腕を先程よりもぎゅっと強く握る。不意にそこから痛みが走って、思わず顔を顰めた。
素直に気持ちを吐き出してしまえたら楽なのだろう。けれど昔のように、純粋にリクオ様のことを想うわたしはもういない。傍で仕える身でありながらこのような不純な気持ちを抱くなど、あってはならないこと。そうわかっているのに。
「………」
「………」
「………」
「…お前も強情だな」
ハアと大きな溜め息を吐いて、やれやれといった風に首を横に振った。その様子から、わたしは呆れられてしまったのだと読み取れた。悲しいような虚しいような感覚が、わたしを襲う。不意に目頭がじんと熱くなり、思わず顔を伏せた。(嗚呼もう、やだ…)
すると、頭上でリクオ様の愉しそうな声が鼓膜によく響いた。 「…まあ、その強気な態度もいつまで続くか見物だな」 そう独り言のようにポツリと呟いて、わたしの腕をぐいっと引っ張る。がくんと身体が揺れて、バランスが崩れる。そのままリクオ様の胸に収まり、突然のことで言葉も出ないわたしとは打って変わって、余裕をかますリクオ様が耳に口を寄せて震わせる。
「俺から逃げられるもんなら、せいぜい逃げな…」
────── 絶対捕まえてやるからよ。
頭のなかで状況整理が追い付かないわたしは、抱きしめられる強さの意味もリクオ様の言葉の意図もわからなくて、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった。唯一わかるのは、沸き上がる熱の原因がリクオ様のせいだということだけ。それだけで、わたしには十分だった。
めくりめく恋情 執筆:20110116 公開:20110116word/確かに恋だった
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