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02.見つめ合った一呼吸後
新×かなで

 カレンダーの数字の赤色が二つ以上並ぶとき、新は必ずかなでのいる横浜の地を訪れる。
 そんなふうに、マメに自分に逢いに来てくれる遠距離恋愛中の年下の彼氏に対し、少し長めの休暇があったとしても、新のようにはフットワーク軽く仙台まで逢いには行けない自分を、かなでは申し訳なく思う。
 もちろんそれは、水嶋家というれっきとした拠点があるからこそなせる新の荒業なのだが、それでもせめて7対3くらいの割合でお互いに向くベクトルを調整したい逢瀬の数は、現状10対0でかなでの完敗だ。
「でもそれはー、ただオレがかなでちゃんに逢いたいっていうだけだからさー」
 かなでちゃんは別に気にしなくていいんだよ、と細っこい長身を折り畳むようにして、笑った新がかなでの顔を覗き込む。
 上目遣いにそんな新の顔を見つめ返し、うん、と頷くかなでは、それでもやはり、申し訳なさそうに表情を曇らせて、自分の足元に視線を落とした。
 陽気な新の傍にいると、かなでを取り巻く空気そのものが光るみたいに、ぱあっと明るく華やいでいるように思える。
 だから、新が長い休暇の度に逢いに来てくれることも当然とても嬉しく思っているのだけれど、同じように自分がその嬉しさを返せないことに、どうしてもかなでは落ち込んでしまう。
「もー、駄目だよかなでちゃん。そんなふうにかなでちゃんが落ち込んでると、オレ心配で仙台に戻れなくなっちゃうじゃん。今日が終わったらまたしばらく離れ離れなんだからさ、笑って笑って」
 ね?と伺うように首を傾げた新が、長い指先でふにふに、とかなでの柔らかな頬をつつく。
 屈託のない新の笑顔につられるように、かなでもようやく、ちょっとだけぎこちない笑顔を見せた。
「あの、新くん。……本当に無理しないでね。新くんがこっちに来れないときには、ちゃんと私、仙台に逢いに行くから」
「でもそれって、かなでちゃんが無理しちゃうってことじゃない? オレと違って、かなでちゃんは仙台に来るときには泊まる場所も探さないといけないし」
 日帰りという選択肢もあるが、それでは往復の時間を考えれば二人で過ごす時間は減ってしまう。
 出来れば二人で逢うときには、きちんと泊まりがけで、それなりにまとまった時間一緒に遊べる方がいい。
 もちろん新の家に泊めるという手段もなくはないが、家族がいない時ならばともかく、両親が揃っている時にかなでを迎え入れることは新にとっては何の意味もない。
 可愛いかなでを、新そっちのけで両親たちが構い倒すのが目に見えているし、さすがの新も両親の目の前でかなでとイチャイチャするのは気が引ける。
「オレだって来れないときに無理して来てるわけじゃないし? かなでちゃんに逢いたくなって、来れる時に勝手にオレ、来るんだよ。だって、目の前に君がいないと、ハグだってできないし」
 と、言うことでー。と新は不毛なループする会話を無理矢理に終わらせる。
 目を上げれば、駅の構内の至るところに設置されている時計の針は、新が乗車する仙台行きの新幹線が、残り5分弱で発車する現実を突き付けていた。
「またね、かなでちゃん」
 華奢なかなでの身体を両腕の中にぎゅうっと閉じ込めて、少しだけ淋しさを滲ませた新らしくない低めの声音で短い別れの言葉を告げる。
 新の腕の中でかなでは小さく瞬きをし。懸命にその細い腕で長身の新を抱き返す。目を閉じて新の温もりを記憶して。
 うっすらとその大きな瞳に涙を浮かべるかなでが、ふわりと花開くように可憐に新に笑いかけた。
「うん。……また逢えるの、楽しみにしてるね」

(……ああ、何だろ)
(その笑顔、結構反則)

 今の今まで、どんよりと曇った落ち込みモードの哀しい顔だったのに。
 いざ離れるその瞬間に見せる顔が。
 この日一番の、最高に可愛い笑顔だったりするものだから。


「……かなでちゃん」
 リーチの長い新の腕の中。
 互いの息が、頬に触れるほどの至近距離。
 背の高い新がかなでを見下ろして。なかなか解放してくれない新を、戸惑ったようにかなでが見つめ返して。
 真っ直ぐにお互いの視線が絡まり合った、その一呼吸後。
 
 かなでの隙を突くように、軽く開いた新の唇がかなでの唇を塞ぐ。
 他の誰にも聞こえることのないくちゅ、とした水音が重なる唇から身体の中に響いて、かなでは一瞬でその顔を真っ赤に染めた。

「……この続きは、また今度」
 してやったりの満面の笑みで、新がかなでの身体を解放する。
 出発のベルを背に、軽い足取りで新幹線の中に乗り込み、その唇に指先を当て、悪戯っぽく新は片目をつぶってみせる。
「かなでちゃん、次に逢うときまで、オレの味ちゃんと覚えててね!」
 Tchau!と新らしい軽やかなさよならの言葉と共に、新幹線の扉が静かに閉まる。
 ゆっくりと滑るように発車した新幹線の車体は、数秒後には北の方角へと見えなくなっていく。

 そして、駅のホームには。
 真っ赤になって両手で顔を覆うかなでがその場にしゃがみ込む姿だけが、たった一つ残された。



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