----------------------------「傷をつけるということ」(復活/骸ツナ/小話)




 傷付くのが怖いのかと赤い瞳が蔑むように問ってくる。それに少しだけ黙ってから、意を決して、それは骸の方だよと言い返した。精一杯虚勢を張って。
 今にも抜けそうな腰を、震える背筋と一緒に懸命に奮い立たせて。
「……おや? 今、何か言いましたか、綱吉君?」
「だっ、だから! それは骸のほうだと思う……ん、だけ……ど」
 氷のような凍て付いた青い瞳が、今度は嘲笑うように向けられる。赤と青の瞳。その両方で一睨みされると、自分はもはや何も言うことが出来ず、反論しようと一応は開きかけた唇を結局努力虚しく閉じるしかなくて。
(ちょっ……)
 困った、と。
 奮い立たせた背筋から這い上がってくる、その感情の在り処に人知れず咽喉の奥を震わせた。…別に。射竦める眼光の鋭さが怖かったわけではない。そんなものはもうとっくに自分のなかで麻痺し、まるで麻薬の常習犯のようにしてこの身に馴染んで久しいものとなっている。
「さあ、綱吉君?」
 だから、
 これはそんなものではなくて。
「何か言ったらどうですか」
 自分で黙らせておいてなんて言い草だと。
 思うことは思えど。ああ、でも結局のところ。
「………わざと言ってるだろ、骸」
「おや。意地悪とでも言うつもりですか? これでも僕は親切で言っているつもりなんですけれどね。傷付くのが怖いかと、そう問ったでしょう」
「だ、から……俺は! それは、骸の方だって、言った」
「僕は否と答えました。で、僕は今のが君の答えと受け取ってもよいのですか?」
「…………」
 そんなこと、一言も言ってない。
 言っていないが、瞬時に行われた体の良い自己判断と勝手な解釈に思わず愕然と言葉を失う。見返す瞳は赤と青、抜け目なくこちらを見て、そしてくつと咽喉を鳴らして愉しげに笑った。
「十秒経ちました。よってそれが君の答えとします」
「なっ……!?」
「本当はきちんと君の口から聞きたかったのですけどね」
 残念です。
 仕方がありません。
 まあ、どうせこんなことだろうとは思ってましたが。
「だって君は肯定したいのにできない、弱い人間ですから」
 嬉しそうに。
 本当に嬉しそうに。言いたいことを言いたいだけずけずけと言って。
 自分の前で骸が極上の笑みを浮かべる。自由なその手を首へと巻きつけ、それから顎を捉えて。
 一度だけその指の腹がゆるりと綱吉の頬を丁寧に撫でた。
「だから時間切れです。綱吉君」
 そうして殊更楽しげに、婉然と微笑んだ骸を見て、背筋から胸の辺りで止まっていた感情が一気に息を吹き返し、やがて脳天へと一足飛びで駆け上がるのがわかった。その速さ。まるで手に負えない獣のような、けれどそれでいて……
(困った)
 傷付くことも厭わないと堂々告げる相手の、その純粋さを認めて頭を垂れるような従順さまで、覚えて。
(いや。しまった。可愛い、とか、思っ―――)
 思う最中から強引に唇を奪われて、こちらの不安とか迷いとか懸念とか、その他諸々。一切合切。それはもう豪快に無視して綱吉の心にもしかしたらこの未来の果てで、いつか深い傷を産み落とすかもしれぬ行為をそれからも延々と骸は気にすることなく強いて。
 挙句、口づけだけで一杯一杯だった自分に、傷付くのが怖いですか、と行為の最中にまでそれを投げ掛けてき、
(だ…って)
 傷付くのは確かに怖い。
 けれど、それよりも、なによりも。
 そう言って問うお前を傷付けることがこれから先あるかもしれないと、それがとても怖いのだと途切れ途切れに唇の端で必死で答えていたら最後にはそんな声すらも途中で封じ込められ、出せなくなった。


 傷付くことは、怖いけれど、怖くない。
 傷付けたと知ることよりも、余程それは。


fin.


06/12/08
原稿終わって、小話でも書こうーと思って拍手用に。見直しすらしてないんですが、それはどうなんでしょうか。またちゃんと校正したら表のほうに置かせて頂こうと思います。いや、なんていうか。むくつなっていうか、ツナ→骸に仕立てたかったというか。こんな読みづらい小話まで読んで下さりありがとうございました!





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