----------------------------「だから忘れて」(復活/獄ツナ/小話)
望みは叶うかな、と青年は笑った。叶うことを知っているようで、叶わぬことを知っているような、そんな小さな笑みで。
***
今や青年となった敬愛すべき相手へと、彼が、その感情を抱え込みながら共に日々を過ごして早や十年。
あまり伸び盛りとはお世辞にも言えぬ(決して口にも出せぬ)緩やかな成長期を経た彼の愛すべき青年は、逆に成長目覚ましかった自分のことを時折ひどく羨んで、大層嘆きの籠もった溜め息を目の前で零しては落胆にくれていたが、それでもそんなもの。
彼の青年に対する忠誠心は、だからといって欠片も揺るがなかったし、だってこんなんじゃ頼りないよ、と弱音めいた愚痴を零されても、彼の青年に対する認識が変わることはけしてなかった。
彼の敬愛する青年は強い。それはこの世界において誰よりもと公言出来るくらいに。言うと青年はそれ言いすぎだよと軽く笑って受け流すことが常であったが、彼は心の底から本気でそう思っていたし、それは今でも変わらずに思っていることでもあった。
青年が強いという、彼の中の神話は崩れない。
永遠に輝き続ける、宝石のような人。
眩しいと幾度思ったことか。
ボンゴレ・十代目。
ドン・ボンゴレ。
彼は幾度も幾度も青年を敬い、称えた。
「……だからですね、」
オレは絶対に忘れませんよ。
口の端で噛み締めるようにしてそれを呟く。大仰だなあ。頭の隅の方で青年が苦笑いを零し、小さく笑った。そんな想像すら容易に出来るというのに。忘れるなんてことできるわけがない。
(だってそうでしょう? 十代目)
同じように笑えば、想像の中の青年も笑みを深めた。相変わらずだね、獄寺君は。ほんと変わらないよ、昔からちっとも。そう、呆れた調子で嬉しそうに。
「ええ。変わらないんです、十代目」
その笑みが何より好きだった。そしてそれを近くで見られることが、何より誇らしかった。そんな感情は今もここにある。
だから。
「名は刻まれなくても」
安心していて下さい。いつかこの先、貴方の記憶が他の誰の思い出の中で風化するときがきても。
「一生、自分がこの胸に刻んでいきますから」
イタリアの郊外に、ある一つの墓標がある。
そこに刻まれた文字は名ではなく、存在を示す―――?という数字。
それはボンゴレファミリーにて十番目の後継者となった者を示す墓。
故に墓標には?と記され、記されて、それだけだった。
それ以外―――その短い一生を終えた青年の、いつか還ることを望んだ名は本人たっての要望によりそこに刻まれることはなかった。
忘れてと青年が最期に言い残した願いのままに。
fin.
07/03/14
初獄ツナ。
(人の死を覚えているのはとても簡単。難しいのはそこに感情を留めておくこと)
|