−計算の苦手な彼−
「いいですか?650円の物を1050円で買うと…」
「350」
「…‥おつりは400円です」
「何で!?」
「だから1000と50円あるんですから、引き算したら…」
「菊、買い物は足し算でするもんだぞ?」
「…‥はぁ‥」
先ほどから似たような会話の繰り返しだった。
事の発端は彼を連れて買い物に行ったとき。
雑誌を買ったら229円で、私は259円を支払ったのだ。
おつりは当然30円。
店員がレジに打ち込むまでもなくそう告げると彼は驚いていた。
「だいたい何でそんな面倒な方法で計算しているのさ」
「面倒ではありませんよ。こっちの方が楽なんです」
「嘘だ。お兄さんはそんなこと信じない」
「……‥」
家に帰ってきて彼に計算の仕組みを教えてみたのだが、これがさっぱり。
欧米諸国では引き算がマイナーだという話は本当らしい。
そう言えば以前、彼は計算そのものが苦手だという話も耳にしたことがある。
「フランシスさん。うちで買い物するときは一緒に行きましょうね」
「え、何で?」
「あなたに買わせていたら財布が小銭だらけになりそうです」
「えっ…ちょ、俺今軽く貶されてない?」
「うちは昔から"読み書きそろばん"が基本ですから」
そう言いながら話を切り上げようと私は席を立つ。
まだ買ってきた雑誌さえ読めていなかった。
引き算が出来ないようでは彼に259円で229円を買う仕組みの説明は難しい。
お茶でも淹れようかと台所へ足を勧めた。
と、引っ張られる着物の裾。
「ちょ、待ってよ菊。俺頑張るから!菊んチで買い物したいし!」
「大丈夫ですよ。同人誌即売会では小銭をたくさん持って行けばいいんです」
「そういうことじゃなくてっ!」
私が軽くあしらってやると彼は悲鳴に近い甲高い声を上げた。
どうやら虐めすぎたようで目元が潤んできている。
「俺だって…ちゃんと、お前の所の習慣知りたい…‥」
そう俯きながら彼は言う。
「…はぁ。だったらとりあえず小学生の"算数"からですかね」
私は彼のその可愛らしさに免じて、彼に一から四則演算を教えることにした。
2009 @ろんじん
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