まだ日も昇りきらない朝早く、彼女の白い携帯電話が鳴った
着信音から愛しい男からだと理解すれば寝惚けた頭は素早く切り替わる
彼が言うには今晩、この家を訪れてくれるらしい。受話器越しに彼女は頬を緩めて「了解」と言った
それから短い会話をしてから電話を切ると柔らかな布団へと再度、沈み込む
普段の彼らしくない小さな、覇気のない声であった。何かあったのだろうかと思いはしたがそれを彼女は聞くことをしなかった
長い付き合いから聞くべきではないと、なんとなく感じたからである。多分、間違っていない。なんとなくであるが
彼がインターホンを鳴らしたら笑顔でドアを開けよう。そして元気が出るように彼の大好きなベリーパイを出すのだ
たくさんのベリーを乗せて、ちょっとだけ甘いコーヒーを出して持て成そう。そしてソファに並んで映画を見よう。ちょっとだけでもイヤなことを忘れてくれればいいな
いま、全てが終わってしまう。しかし手を伸ばせばまだ間に合う、スクアーロは理解していながらも行動を起こすことをしなかった
何も考えられず、呆然と横たわり、涙を流す彼女を見つめることしか出来ない
誰のせいで愛する彼女が目の前で泣いているかなど彼自身が一番、理解していることだ
何故って彼女を泣かしたのはスクアーロ本人なのだから!
彼女の涙する姿を見て胸をざわつかせない者などいるだろうか。恐らく、いない
スクアーロの左手に括り付けられた剣からは音もなく愛する人の血が止まることなく白い床に跡を残す
誰が彼を責められるだろうか。同時に彼女にも罪はない。お互いにお互いを愛しただけなのだ
ゆるやかな恋であった
白いワンピースは徐々に黒ずんでいく。彼女の背中にはスクアーロが付けた傷跡が存在を主張するように鈍く光っている
華奢な身体にはいっそグロテスクなそれを見てもスクアーロは嫌悪感を抱くことをしなかった。抱くとするなら彼自身にだろう
時は一刻を争う。それなのに彼は一歩も動くことは出来なかった
彼女は此処で死ぬべきらしい。スクアーロの絶対的存在がそう、言ったのだ
彼は仕事をしただけなのだ。彼女は愛する彼を玄関まで走って、迎えただけなのだ
どこを間違えたのだろうか。いつも通りに信号を渡って、坂を登って、住宅街から離れた家まで歩いて
インターホンを押しただけだ
彼女の身体から流れ続ける血に混じって甘い香りがした
彼が訪れるとどの店より美味いお菓子を振舞ってくれた。今日は、ベリーパイのようである
その意図を彼がわからない筈もなく、動かなくなっていく彼女を抱きしめたい衝動に駆られるもそれさえも出来ないのだ
ぼくはドアを開けたくはなかった!!
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