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『あの人がいなくなった世界で』より。



【ある侍女の話】

おかしな屋敷で働いていた。

今もその屋敷で働いているので、過去形にする必要はないのだけれど。
決まりごとがいくつかあって、それを破った人間はいつの間にか屋敷から消えていく。
それを若い侍女達へ先輩侍女達は会談のように話してはしゃいで、長く働く年かさの侍女達はたしなめた。

東棟には、許可なく近づいてはいけない。
そこで暮らすお嬢様に近づいてはいけない。
お嬢様について、屋敷の外でも中でも、むやみに吹聴してはいけない。

だから、東棟で暮らすお嬢様の専属侍女であったレクシィは、時折新人侍女から質問責めにされるのだった。

「東棟で、お嬢様が暮らしてるって本当ですか?」

 聞かれるたびにうんざりする。そこで暮らすのはフォルア伯爵家の第三子、ローズ・フォルアリス。仕えるお嬢様について、レクシィが口にできることなど何もない。
 こういった手合いへの返事はいつだった同じだ。

「しつこく食い下がれてしまうと、私も旦那様に報告せざるを得ませんが」

 屋敷から追い出されてしまいますよ、と暗に告げる。そうすれば、大抵は顔を青くしてしどろもどろに何か言い訳をし仕事へ戻っていくのだった。
 そもそもレクシィの雇い主はこの伯爵家ではなく、王家である。つまりここで告げた旦那様とは、王家ゆかりの人物だ。東棟でローズの世話をしている侍女は皆同じだった。ここで働いているならそれを知らないはずはないのに、どうして肝試しのように禁則事項を口にできるのか。伯爵家に仕える侍女としては自覚が足りないと憐れんだ。あの様子では、近いうちに暇を出されるか領地の屋敷送りになることだろう。
 そもそもここの奥様が若い娘に甘すぎるのがいけないと思う。そしてここの伯爵様はその奥様に甘い。
 見ていて少しだけ苛立ちを覚えるけれど、レクシィはそれをだれかに言うつもりもなかった。



 初めて見た時から綺麗な子だと思っていた。
 だから、その子が同僚として侍女の服を身にまとっているのを見た時はどういうわけだろうと瞬いて首を傾げたし、奥様付きとして奥様に可愛がられているのを見ると、そう言うこともあるのだろうと納得した。

 だから、その綺麗な顔で壁際に詰め寄られてしまうと、年甲斐もなくちょっとときめいてしまう。私にお願いがあるのですか。なんでも聞いてあげますよ。などと思考停止で言いかけていた、その時。
「ローズ様について、教えていただきたいのです」
 そんなことをいうものだから、興ざめだった。
 自分の立場をわきまえた賢い子だと思っていたのに、この屋敷で、そんな愚かな質問をするだなんて。
 いつも通りの断り文句を口にする。大抵は顔を青くして去っていく、権力者をかさにきた脅し文句だ。
 けれどその子は立ち去らない。壁際へ詰め寄ったまま、説得する言葉を探すように目を泳がせる。なるほど、後ろ盾が強力だと後先考えぬままにこうして粘ることもあるらしい。

 ふ、とレクシィはため息をついた。

「エミリオと言いましたっけ」
「えっっっっ、え、エマ、です」
「そう、では今後はそう認識致します。ですが先日までドミニク様の従者をしていましたでしょう。三年ほど」
「……。その、私は、奥様の、」

 好みの顔がしどろもどろに怯える姿というのは大変楽しい。レクシィは無表情でエマの狼狽を堪能し、とうとう黙り込んだあたりで再び口を開いた。

「氷の魔術特性を持ち、初等過程修了前から魔力特性制御の授業を受けに高等課棟に出入りしていたエメリナ・マクワーレン。あなたが杖持ちとして城勤になるのを心待ちにしていました。お家のことは残念です」
「は、」
「ドミニク様の従者として働かれていることを知ったときは類まれな再会に、精霊へ感謝を捧げたほどです」
「あの」
「あぁ、東棟のお嬢様についてでしたね」
「っ、」

 息を飲むその仕草も愛らしい。レクシィはうっすら笑いながら、自身の首元に手を触れた。

「学院初等課程にいたなら、環状文言の誓約はご存知ですね」
「……そういう、こと、ですか」

 はっと目を見開いた次の瞬間、全てを理解したらしい。いくら詰め寄っても望む情報が手に入らないのだと、力の抜けた表情をするエマに、レクシィはにっこりと笑みを深めるだけだった。
 レクシィが仕えている、フォルア伯爵家の第三子。ローズ・フォルアリス。王家に遣わされた侍女に周囲を固められ、伯爵家で暮らしつつも生活の全てを王家に管理されている少女。
 レクシィは彼女のその重要性、背景、王家の意思、全て知った上で、環状文言の誓約によって口止めされていた。
 他の侍女達も同じだ。仕えるお嬢様の名前さえ口にすることを許されていない。口にすれば誓約によって首が落ちる。まぁ、口にできぬよう別の術式もかけられているので、物理的に首が落ちることはまずないのだが。

「ドミニク様の従者から奥様の侍女となって日の浅いあなたが、こうして東棟の侍女である私に詰め寄るということは、東棟について思うところがある、と推察します」

 ローズの暮らしぶりだとか、環境だとか、両親との接し方だとか、兄妹への情報管理のされ方だとか、レクシィにも思い当たる節はある。いくつもある。その異様さ、不憫さ、それらを目の当たりにした際に抱く真っ当な感情へ、共感さえする。

 けれど。

「東棟のご令嬢については、差し出口を控えていただきたく」
「それは、どうして」
「側で、長く、お仕えしているわたくしたちがおりますので」

 十代半ばの少女の思うところなど、レクシィ達にはわかりきったことだった。

「わたくしたちは言います。あのお方は、あれでよいのです、と」
「そんなふうに、思えないから、こうして、」
「貴人の感性は、常人のそれではありません」

 ローズについて語る口を持たないレクシィは、その対象をずらして告げる。

「あなた方の尺度で、その幸不幸を決めつけるべきではないと言っているのです」

 エマの瞳が、理解できないと揺れる。
 レクシィはそれ以上を望まなかった。エマの理解など、関係がない。

 王家に遣わされた侍女でも。
 雇い主は王家ゆかりの人物でも。

 レクシィ達はローズに仕える侍女だった。

 侍女達が我慢ならないのは、ローズ自身のあり方を知りもせず、ただその周辺だけを見て手出しをしようとしてくる部外者たち。 

 ローズ・フォルアリスは、なるべくしてああなのだ。
 天性の感性を持ってして、生まれながらにそう定められて。

 そのあり方、尊き輝きに、ただひれ伏するしかないのだと。

 その運命を知っている。行き着く先、役割、その身をもってして救世の法を手に入れる、いつか世界に示すその偉業を。
 やがて喪われる光だと知っている。
 それを望まぬものがいる。
 それを憐れむものがいる。
 そんなことは間違いだと、全てを否定するものがいる。

 ——本当に、そうかしら。

 レクシィ達はただ、ローズの望むまま生活を整える。今、この時、ローズが何を望み、求め、どう応じればいいか。そこにいつかのさだめなど関係はなく。

 エマの手を振り払い、その場を後にした。
 何事もなかったかのように、持ち場に戻る。ローズはレクシィが不在の間も、他の侍女とともにいつも通りの一日をなぞっていた。




2025.1.13

ローズに仕えていた侍女達の事情。
結局彼女達もそれぞれにローズを崇拝していたという話。

エマは変な人に好かれがち、という話にもなってしまった。
レクシィさん、男女年齢問わず射程圏内。杖持ちになりうる初等課程子女の青田買い的な。
頭角を現した城勤魔術師に、「ええ、初等課程の頃から素晴らしい魔術師でしたよ」って言いがち。

エマは絶世の美女ではないえれど、男装してても問題なかったくらい中性的にパーツがそろっていて、
レクシィさんの好みにどストライクだったんですけどそこに筆をさくと謎のエマ身の危険を覚えるピンチシーンが始まってしまったのでカットしました。





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