ウォルハーペーパー再録





 初めに抱いたのは、反抗心だった。

 己の名を一度も聞いたことがないと言う。近海を制す、とまでは言わずとも、近海に住まう人々にはいっぱしの海賊として認識されていると自負しているハーヴェイにとって、それは非常に不本意な発言だ。詳しく話を聞いてみれば彼らは確かに余所者だったが、それでも群島を旅し続けて長いと言う。それなのに「烈火のハーヴェイ」を知らぬとは、どこに耳付けてんだこのオッサン、というのがハーヴェイの偽りなき本心であった。

「で、結局あんたらはスティールに会って何がしたいんだ?」

「言っていなかったか? 彼の持つ紋章砲を調べる。あわよくば、強奪する」

 そう大真面目に言うウォルターに、ハーヴェイは呆れることしかできない。

 男たちの一行に戦いの心得があることは見て取れた。だが、それが何になるというのだ。ハーヴェイは、紋章砲を搭載した船に白兵戦を仕掛ける不利を肌で知っていた。それでも尚、奴に挑もうと思うのは、すべてを壊そうと思っているからだ。奪うのではなく、破壊する。それであれば、勝率は何倍にも跳ね上がる。第一、奪うだのなんだの、そういう面倒なことはハーヴェイの性に合わなかった。

 海賊とは、破壊する生きものである。

「……貴殿が納得できない気持ちはわかっているつもりだ」

「納得できないっつうかさ……。てか、貴殿ってやめろよオッサン。ハーヴェイでいい」

「そうか。では、ハーヴェイ君。君に目的があるように、我々にも目的がある。決して譲れない目的がね」

「目的? なんだよ」

 ハーヴェイが首を傾げれば、ふ、と男は小さく微笑む。それから傍らの魔物の頭に手を置いて、秘密だよ、と囁いた。

「ああ?」

「協力してくれる君には悪いが、言うことはできない。部下や息子にすら、すべてを伝えてはいないのだ」

 つまり、山羊に似たこの魔物だけは、すべてを知っているということだ。

 それまで碌に意識していなかった、少女のような魔物をまじまじと見つめる。すると彼女は瞳に怯えを宿し、ウォルターの背にするりと隠れた。そんな彼女をウォルターは穏やかな手つきでそっと宥める。

「……ま、いいさ。俺はあんたらを案内する。あんたらは金を払い、奴を倒すのに協力する。約束はそれだけだ」

「ああ。我々にできる限りの協力をしよう」

 そう言ってウォルターが差し出した手を、ハーヴェイはぱちんとはじいて応えとした。握手など、海賊にできるものか。

 ウォルターははじかれた己の手を見つめ、それからゆっくりと破顔する。少年のような男だ、とハーヴェイは思った。






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