1.




重低音が腹に響くなあ、とぼんやり考えていた。
当然、ステージの上でひとり、スポットライトを浴びている奴のことなど、気にも留めていない素振りである。
きっとステージの上から、こちらの暗い客席など見えてはいないだろうが、それでも、気づかれたくないのに変わりはないのだ。

奴の、赤い舌をエロティックな言葉が滑る。
時折混じるスラングが、さらに卑猥に聞こえるのは、発音が流暢に過ぎるからだろうか。
この場限りのドラムやベースなんかに目もくれず、ともすれば走っているようにすら思えるギターの上を、白く細い指が忙しく行き来していた。
俺一人でも十分なのに。
俺たちを前に、舌打ちをしてそう吐いた顔を思い出した。
あの目!自称紳士の国出身者がしてもいい目ではなかった。
絶対零度。の視線。ひやりと背筋を汗が伝うのを感じながら、覚えたての日本語が脳裏を過ったものである。




「やっぱり、無理じゃないかな」

ライブハウスを出た路地裏で、俺は目の前の二人にそう告げた。
暗くて表情が見えないが、きっと二人も、俺と同じ苦い顔をしているのだと思う。
特にアントーニョは、何があったか知らないが、学生の時分からアーサーと馬が合っていなかったようだから。
俺がそう口火を切るのを待っていたかのように、ギルベルトが勢い込んで頷いた。

「だよな!俺、ちょっとミスったら怒られそうだし」

赤い目が興奮したように輝いているのが見えて、台詞の合わなさに苦笑が浮かぶ。確かに、彼の言っていることは本音なのかもしれないが。
走りがちなドラムであるギルベルトのこと、そういえば、ひどく高く評価していたのはあいつだったかもしれない。
一緒にやってみてえ、と。
以前あいつがギルベルトのことを楽しそうに褒めていたときと同じように、はしゃいだ赤い目からは、そんな本音が漏れている気がして、笑ってしまう。

「ほんまに、無理なんかな」

爛々と、こちらもまだ頭の冷えていないギラついた目をして、アントーニョが呟いた。
あいつとは違う、明るい緑の瞳が、闘志だか野望だかよくわからないもので燃えている。
俺は意外だった。勢い込んで、俺の反対って意見に同意するとばかり思っていたのだ。

「確かに、あいつは我侭やし、女王様やし、人の音なんかちっとも聞いてへんけどでも、」

アントーニョの言いたいことはわかっている。概ね俺だって同じ意見だ。



事務所の社長は、ジャンヌが抜けてしまった俺らの、バンドの命ともいえるボーカルというポジションに、丁度同じタイミングで解散したバンドでボーカルを務めていたアーサーを据えようとしたのだ。
そこで、件の絶対零度の視線、及び不遜極まる言い草である。まったく女王様には適わない。
幼馴染がひどく嫌がるところを想像したら、何だかんだでわくわくしてきた気もする。
どうせ断るつもりで、気もなくライブだけでもと見に来たのだけれども、それはどうやら失敗ではなかったらしい。
俺は、社長に電話しようと、携帯電話を取り出した。もちろん、「例の件、満場一致で了承しました」と、たった一言告げるために。







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