ring


「これ、やるよ」
そう言ってアーチャーに差し出されたのは、掌にすっぽりと収まるサイズの小さな箱。
箱の中には更に革張りの小さな箱が入っており、蓋を開けると炎か茨を模したようなデザインの銀の輪が収まっていた。
「…何だコレは」
「何って、指輪以外の何に見えるよ」
当然の事のようにランサーが言い放つ。
確かにどう見ても銀色のそれは指輪以外の何物でも無かったが、アーチャーが聞きたかったのはそんな事ではない。
「何のつもりだ?」
ジロリ、とアーチャーはランサーを睨み付けた。
つまらん理由での出費だったら許さんぞ、とその目は語っている。
お前は子供の浪費を叱る母親か、とランサーはツッコミ掛けたが、今ツッコめば箱の中身を突っ返されるどころか
一時間正座で説教されかねないのでその事は心の中にしまっておいた。
「何のつもりも何も、ただのプレゼントのつもりだけど?」
至極当然のようにランサーが言うものだから、つい今日は記念日だっただろうかとアーチャーは
カレンダーを確認してしまった。
当然、カレンダーには赤丸も付いていなければメモ書きも無い。ただの平日。
ついでに言うと誕生日でもないし、ましてや命日でもない。
「…貰う理由が見当たらない」
「理由が無きゃ渡しちゃいけないのか?」
「む」
確たる理由無くプレゼントを渡してはならない、そんな道理は無いのだが、理由も無くプレゼントを渡される
謂われもない。
そう言わんばかりの表情をしたアーチャーに苦笑しながら、ランサーはそっと彼の手の中にある小箱から指輪を抜き出しコロコロと右掌の中で遊ばせた。
「単に出先で見つけて、お前にやりたいなと思っただけなんだがなぁ…」
それじゃ理由にならないか?とランサーは覗き込むように未だ納得いかなそうなアーチャーを見つめる。
「……っ」
射竦めるような赤い眼差しに耐えられず、アーチャーはついっと目線を下に反らした。
自然目に入るのは床と、空いたランサーの左手。
部屋の照明の光を受けてキラリと光る何か。
他の指の影になって細かい意匠は判らないが、恐らくソレは―
「か、勝手にそんなモノを買ってくるのは構わないが、サイズが合わなければ意味が無いだろう?」
俯いたままアーチャーはそんな言い訳めいた事を言う。
ランサーは空いている手でアーチャーの左手を掴むと恭しい仕草で胸の高さまで持ち上げ、それまで転がしていた指輪をそっとアーチャーの薬指に嵌めた。
指輪はきつくも無く緩くも無く、誂えた様にアーチャーの指に収まった。
「ほら、ぴったりだ」
呆然とするアーチャーを余所に、ランサーは満足げに笑うとそのまま薬指の指輪に軽く口付けた。

それはまるで騎士が王に忠誠を誓うような、

紳士が淑女に愛を告げるような、

信徒が神に祈りを奉げるような、

気高く優雅で神聖さを感じさせる仕草。

「―っ!!」
あまりの気恥ずかしさにアーチャーはつい乱暴に掴まれていた手を振り解いた。
「な、なな、何をっ」
「何って、言うなれば誓いのキス?」
「は」
極度の混乱と恥ずかしさから言葉にならない声がアーチャーの口から漏れる。
そんなアーチャーの様子に益々笑みを深めながら、ランサーはアーチャーの左手に軽い口付けを次々に落としていく。
「ラン…っ」
「この仮初めの生活が終わろうと、この命が果てようと、世界が我らを引き裂こうと、オレはお前と共に在る」
これはその誓いの証だ、とアーチャーの左手に自らのそれを絡めながら甘い声でランサーが囁く。
サーヴァントという存在である以上、現世の誓いなど不確かなものでしかないけれど、だからこそ目に見える形で誓いの証を残しておきたかった。
「その誓いをこの指輪に」
そっとランサーが顔を上げると、耳まで赤く染めたアーチャーが見えた。
酸素を求める魚のように口をパクパクとさせているアーチャーの唇に軽く口付ける。
その行為に更に顔を真っ赤にしたアーチャーだったが、ランサーは構う事無く耳元で小さな願いを囁いた。

「だから失くすなよアーチャー。オレの誓いを失くさないでくれ」
ささやかな繋がりを失くさないでくれ。



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