小説

本館で連載中の『空に似ている』の番外編です。
アリーさんから逃げた九歳の刹那がアイルランドのニールの家で居候しています。


「ロックオン、ナイフを貸してくれ。使わないから」
 就寝前、そう言ってくる刹那を困ったように見下ろし、ロックオンは思案した。
 刹那は眠る前になったら必ずこう言ってくる。
 毎回ため息をついて簡易のナイフを渡していたが、流石にその回数が2桁を超えると、なんと言うか、もうため息しか出ない。
「刹那。ここにはお前を傷つける奴なんていないんだぞ? 第一、寝てる途中に刺さったらそっちの方が大事だし……」
 刹那は無言でロックオンを見上げる。言葉には出さなかったが、その姿勢からナイフを求めている事は明白だった。
 ロックオンは困ったように眉を寄せる。ロックオンの生活では、就寝中にナイフがいるなんて事はまったく経験がなかった。刹那がロクな生活をしていなかっただろうことは予想がつくが、どうせなら心安らかに普通の子供のように生活した欲しいと思うのはただの自分のエゴだろうか。
「刹那、寝よう」
「……ナイフ」
 頑として譲らない刹那に、ロックオンはしぶしぶながら傍にあった果物籠から簡易ナイフを取り出す。
 すぐ目の前にあっても自分でとるようなことはしないことだけが、唯一の救いだった。
(なんとか、なんとかしなくちゃいけないよなぁ)
 カバーをとり、銀色の刃が見えてから、刹那はほっと息をついた。そのまま二段ベッドの下の段に潜り込んで丸くなる。
 電気を消してその場を去った後も、ロックオンはこの問題について考えていた。
 数日後、いつものように刹那を寝かしつけようと部屋に入ったロックオンは、手にひとつの紙袋を持っていた。
「ロックオン……」
「刹那。ナイフはもうやめよう」
 刹那の言葉よりも早く、ロックオンは切り出した。そして手にあった袋から大きな塊を出す。
「代わりに、これ抱いて寝ろ」
 そう言って気だるそうな表情の猫のぬいぐるみを刹那へ渡した。ぬいぐるみ、と言っても大きさは刹那よりも大きい。不審そうな目で見上げてくる刹那に、それを押し付け、刹那の頭に手を置く。
「ロックオン、これは」
「抱き枕だ。本当は俺が添い寝してやりたい位なんだけど、刹那は嫌だろ? だからそれ抱いて寝ろ」
 猫ちゃん抱いて寝るなんて女の子じゃないんだし、とは思ったが、そう言えば妹のエイミーがうさぎを抱いたらすぐに寝息を立てていたことを思い出したのだ。それまでは何をしても大きな目をぱっちり開けていたエイミーはお気に入りのうさちゃんを抱いたとたんに大人しくなっていた。
 猫の抱き枕を興味深そうに弄りながらも、不満を目で訴えてくる刹那に、ロックオンはとにかく納得させようと口を動かす。
「大丈夫だって、それもちゃんと刹那の身を守ってくれるから」
「……どうやって」
 少し考えて、ロックオンは声のトーンを落とした。
「ここだけの話だけどな、その猫、ただのぬいぐるみじゃないんだ」
 刹那の髪の先が、ピクリと反応する。
「刹那が寝た後に本物の猫になって主人を守る、魔法の猫なんだぞ。しかも大きさは変わらないからどんな奴が来てもこの爪と牙でがぶり! だ」
 子供に絵本を読み聞かせるように、話に強弱をつける。がぶり! と手でやると刹那は目を一回瞬かせた。
「本当か?」
 目を輝かせながら、刹那が尋ねる。掴んだ、とロックオンは内心でガッツポーズをした。最後に、自信たっぷりにみせかけ、断言する。
「ここはアイルランドだ。妖精がいる国だぞ。何が起こっても不思議じゃない」
 刹那がケルト民謡や北欧神話を知っているとは思わないが、深く納得したように猫を見やる。
「わかった」
 しばらく猫を眺めていた刹那は、すっきりした顔でぬいぐるみを抱いてベッドに入る。きゅ、と猫を抱き締めて顔を埋める刹那に、一瞬胸がときめき吹き出す。
「……? なんだ?」
「い、いや。なんでもないっ!」
 猫を抱いて寝る刹那は思いのほか可愛くて、にやけそうな顔を必死で抑える。
 不思議そうに首を傾けた後、目を瞑って猫のぬいぐるみの中に顔を埋める。しばらく見守るように様子を伺っていたが、特に不自由なさそうに息をしている。その内寝息が規則正しく聞こえるようになってきた。
「よかった」
 実はこの猫は背中にチャックがあって雑貨屋で買ってきたラベンダーの匂い袋を入れてある。どこまで効くか不安だったが、鎮静効果と抱き枕で刹那は思いのほか上手く寝られたようだ。
 ロックオンはそっと刹那に近づくと額に唇を落とした。
「おやすみ、刹那。いい夢を」
 静かに、月が傾いていった。


*お礼はイラストが現在3枚小説1枚です
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