俺が見たものは、白い天井、白いベッド、青い空。
そして黄金色の輝き。

アスラン・ザラ、25歳、オーブ国防軍准将。
それが俺の名前と肩書きらしい。
らしい、というのは自身の記憶を何一つ覚えていないからだ。
ここがオーブ連合首長国と言われればそうだと納得できたし、世界的な地理や歴史も解る。ただ“自分自身”の記憶がなかった。
だから起きたときに目の前で泣いていた黄金色の女性が自分にとってどんな人かは理解できなかった。ただ、大粒の涙を零す姿を眩く感じたのは覚えている。
その後すぐに医師が現れ、女性は仕事ということで去ってしまった。俺に記憶が無いことに動揺して、隠そうとして、失敗していた。彼女は誰なのだろう。
医師の問診の精密検査の結果から、社会常識はそのままに経験した記憶に障害が起こり認識できていないのだと説明された。
所謂、記憶喪失。
何故そこに至ったかというと、任務中に上司を庇って頭を強く打ったという。額に傷は負ったがそう時間はかからず完治するもので、さし当たって記憶が無いことが重大事であった。
職務は暫く休職。記憶が戻る、或いは職務を全うできるだけの能力が追い付いたら復職する予定だ。
となれば、たかだか完治が約束された額の傷程度で入院するのもどうかと思われたし、自身が生活していた身近な環境の方が記憶を取り戻しやすいだろうという配慮もあり退院となった。
軍の官舎が自宅のようなものだったが一見しても何も思い当たるものがないと、案内してくれたキサカ一佐に伝えるととある邸宅に案内された。
そこは邸宅というかむしろ城と形容しても差し支えない、そんな建物だった。
以前僅かながら住んでいたことがあると言われ、記憶が無いながらもどこか懐かしさを感じる。
それをキサカに伝えると「ここに住むといい。家主には話を通しておく」と言われ、荷物と共に一室に案内された。
そこもまた懐かしさを感じた。温かくて切ないような、どこか甘く感じる何か。
“何か”が解らないが、それは不快ではなかったのだ。
仕事机だろか、簡易な端末の置かれたテーブルの椅子に腰掛けると窓の外を眺めた。

「アスラン・ザラ……」

まだ慣れない自分の名前を舌の上で転がす。
名前にすら慣れないのに、窓から見た景色にはやはり郷愁を覚える。

「俺は一体誰なんだ」

答えも応えもない呟きが漏れた。

「お前はアスラン・ザラだよ」

応えが無いはずの自問に答えが返ってきた。
声がした扉に目を向けると、あの黄金色の女性が立っていた。
彼女の発した声で名前がストンと胸に落ちた。
そうだ。自分はアスラン・ザラだ。

「君、は……?」

次いで浮かんだ疑問を口にする。言葉少なに問うたが、意図は通じたようだ。

「私はカガリだ。ここの家主、とでも言えばいいかな。キサカから話は聞いた。好きなだけここに居るとい」

あの日泣いていた面影はない。ただ凛とした意志が強い瞳が印象的だった。

「わかりました。ご厚意に感謝します」

立ち上がり頭を下げると、どこか焦った声がした。

「私はっ、お前が今そうなった原因の仕事上の上司だ……。厚情なんて綺麗なものじゃない。ただ自己満足の為にここに住まう事を許可したんだ」

頭を上げ、自分より幾許が背の低い彼女が唇を噛み締めているのが見えた。その表情に既視感を覚える。
黄金色の髪が肩先まで落ち、深い琥珀の瞳は自責の念から少し潤んでいた。

「それでも行く宛の無い自分をここに置いてくださるのでしょう?ここには懐かしく感じるものがたくさんあります。この場所の方が何か思い出せそうで、貴女がお嫌でなければ住まわせてください。家賃に関しては貯蓄と今回の一件で幾らか見舞金などが入ったのでそれでお支払いします」

そう言うと女性は小さく馬鹿、と呟いた。

「家賃なんか気にするな。どうしても気になるならここでの暮らしを上司わたしからの見舞金だと思えばいい」

そこまで言われれば今度こそ厚情に甘えることにした。
今の自分は何も知らなさすぎる。

「ところで上司とのことですが、軍の将校の方でしょうか」

これも知らないことの一つだ。
女性を見やると困ったように笑った。

「私はカガリ・ユラ・アスハ。この国の代表をしている」

「…………は?」

思わず素が出た。自分と見た目同じ年頃の女性が国家元首なのか。

「まあ、普通驚くよな」

気拙いのか女性は頭を掻く。

「日常生活には支障無いと聞いているが、詳しい現代史の資料でも持ってこさせよう。あとは持ち出しても他愛ない程度の仕事の情報も。それで少しでも記憶の戻る手助けになれば、と思っている」

場の空気を変えたいのか巻くし立てた女性に驚いたが、真実自分を思いやっての言葉が有り難い。

「ありがとうございます、代表」

今度は顔をしかめられた。

「プライベートに代表なんて呼んでくれるな。カガリでいい。あとはお前自身の砕けた口調で話してくれないか。そうも敬語で話されると調子が狂う」

しかめ面で言うカガリに、そう言えばこんな顔も見た気がする。

「じゃあカガリ。俺はここにきて君を見て、懐かしさとか既視感を感じてる」

カガリがハッと息を呑む。

「君は、俺の誰だ?」

問にややあって応えがあった。
その声は震えていたけれど。

「戦友だった。一緒に先にあった二大大戦で共に戦ったんだ」

「それだけ?」

アスランの疑問の声にカガリは首を傾げる。
たかが戦友が何故この家に住んでいたことがあるのか。何故上から数えた方が早い地位を持つとはいえここまで手を尽くしてくれるのか。
ただ疑問だった。

「そうだな……。強いて言えば、未練だ」

「未練?」

「終わってしまった私達への未練だ。昔お前とそういう関係にあって、私が失敗して終わった関係だった」

それへの、執着。
そう言ってアスランを見上げるカガリの瞳は悲しげに揺れていた。
本能が告げる。
自分はこの女性ひとにこんな顔をさせたくはい。
彼女には笑っていて欲しい。守りたい。傍にいて欲しい。
そんな感情が溢れ出す。

「その、終わったものを俺から始めては駄目だろうか?」

きっとその感情の名前を知っている。
ただ、いくら戦友で過去に関係があったとしても、記憶を失ったばかりの男のことを受け入れてくれるだろうか。

「無理だな」

即答だった。

「今はお前をそんな風に見たことがない」

何故かを問う前に先手を打たれた。
それだけ言うと彼女は背を向ける。
去ろうとする背中に呼び掛けた。

「俺は、多分諦めがよくないと思う」

びくりとカガリの肩が揺れる。

「そうか」

それだけ言い捨て、今度こそ彼女は去った。
まずは過去を知ろう。
記憶が消えても想いまでは消えないのだと、例え思い違いだろうと彼女を守りたいと思ったのだ。

「君は、俺が守る」

そう自分に向けて宣言した。


「そう言って私を守って自分が怪我してたら意味ないだろ。馬鹿野郎」

誰とも無しに呟かれた言葉は、一人きりの廊下で解けて消えた。



支部にあげてそっこ消したやつ。
プロトタイプみたいなもんです。





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