拍手ありがとうございました!


「アイムユアーズ数日後譚(拍手お礼Vol,18)」数日後譚









喧騒と煙草の煙で満たされた赤提灯の安酒場。
青木と木場はカウンターで肩を並べている。

抱えていた事件が一段落付いたのを機に、青木は所轄署で働く先輩刑事を飲みに誘った。
強面の刑事は青木の誘いに、お前すぐ寝やがるじゃねえかと睨んだが、結局こうして、一緒に飲んでくれている。


仕事の話も一段落して、お互い何となく平和な話題――共通の知人の話や、日々の小さな出来事など――を口にしていた頃だった。
青木はふっと笑いながら切り出した。

「そういえば先輩、聞きましたよ」
「何だよ」
「どこぞの探偵助手に懐かれてるそうで」

青木が笑いながら言うと、木場は眉間の皺を深くして青木を見た。
その心底嫌そうな表情が面白くて、青木は更に笑う。

「すごい顔しますね」
「お前が気色悪ぃ事言うからだろうが。何だ懐かれてるって」

そう言って自棄のようにグラスを煽る様に、また笑いが込み上げる。
友人の鳥口から聞いた話だ。
同じく友人――と呼ぶには聊か抵抗があるのだが――の益田が、木場に泣き付いたらしい。
其れも至って馬鹿な理由で、何でも益田は、自分の懸想相手であるところの榎木津と、木場の小さい頃の写真を見つけたのだそうだ。
そして、ずるい、と詰め寄ったらしい。こんなに可愛い榎木津さんを知っているなんて、ずるい、と。
そうして最終的には、どんな子だったのか詳しく聞かせろと縋り付いた、のだそうだ。

「……馬鹿ですねぇ、益田君」
「ああ。上司も馬鹿だが部下も酷ぇ馬鹿だ」

履き捨てる様に言う、無骨な横顔を青木はぼんやりと見る。
件の馬鹿な話を聞いて、青木は少し意外だなと思ったのだ。

木場と益田。
益田はあの通り臆病者だから、乱暴者で粗暴な木場には余り近寄らないだろうと思っていた。
それが何やらいつの間にか、益田の方から歩み寄っている感じすらある。
木場と榎木津の関係や、榎木津と益田の関係、そして探偵社で顔を合わせる機会が多いという事を加味しても、距離の縮まり方が想定外であった。

恐らく――木場の面倒見の良さなどを、益田は嗅ぎ取ったのだろう。
怖い顔をして一人酒を煽っている隣の先輩刑事は、実は繊細で優しい。
見た目や表面上の行動で判断する人間には分からない木場の内を、結構な早い段階であの益田が気づいたというのが、青木は意外だなと思ったのだ。


「――理解できねえよな」
「え?」

ぼんやりと木場を見ながら思い耽っていた青木は、地を這うような、でも少し高い声に我に返った。
木場が顔を上げる。瞳はどこか遠くを見ている。

「過去の話を羨まなくたって、重要なのは今だろ。今、礼二郎の隣に居るのは、あの小僧だ」
「はあ……」
「選ばれたんだ。幸せじゃねえか、何が不満だってんだ」

なあ、と同意を求めならが木場は青木を見た。
青木は曖昧に頷く。そうして数秒後、木場に聞こえないようにこっそり溜息をついた。
(全く…屈強な体躯に似合わずロマンチストなんだからなあ)
そして気付く。
調子の良い振りをして実は何処までも真摯で、夢見がちな男。


「……先輩」
「あ?」
「今言ったこと、益田君には言わない方が良いですよ」
「なんだよ急に」
「今の先輩の言葉、確実に益田君のツボなんで。そんな事言ったら更に懐かれます」



これ以上貴方に懐くのは、僕だけで十分です。




戻る



お声がけ頂けると悶絶して喜びます!(拍手だけでも送れます)
お名前
メッセージ
あと1000文字。お名前は未記入可。