もしもきみが(「等閑式」シリーズ、透と葵。現在。もしもきみが疲れたら)


 僕の好きな友人は、たまに疲れた貌をして、それなのに、疲れを表に出している自覚はなく、居間のソファで雑誌を捲っている。
 どこから見つけてきたのか、古い音楽雑誌だ。古い古い、僕たちが生まれてくるよりもずっと昔の音楽雑誌には、覚えのないノスタルジーが込められている。
 弘昭さんの蒐集癖を知っている僕は、透の行動を不審には思わない。もしかすると、彼は気づかないうちに、弘昭さんの影響を受けているのかもしれない。何にも興味を持たない、僕なんかよりもずっと。

 僕はグラスにいっぱいの氷と、ソーダ水を注ぎ、少しだけアルコールを混ぜ、氷の隙間にストローをさした。
 同じものを二つ作り、居間の、低いテーブルに置く。
 そこでようやく、透は僕に目を向ける。気怠そうに、ソファに身を委ねたまま、彼は視線を雑誌から外す。
「飲む?」
 僕の問いかけに、彼は雑誌の隙間に指を挟み、片肘を突いて身を起こす。
「いいの?」

「いいよ。ひとつはきみの分。この部屋には、他に誰もいない」
 暑い夏の午後だった。エアコンは居間を冷やしていたが、家の外からは聞き慣れない蝉の声が響いている。
 しばらく聞かなかった、蝉の音を聞く。異常気象の前触れなのかもしれないと思う。

 透はグラスを取り、ストローに口をつけた。しばらくして
「昼間からアルコール、効き過ぎかも」
 と、雑誌から手を離し、笑った。
 僕は彼の足元に正座し、テーブルにしなだれかかる。
「アルコール、少しだけ入れたつもりだったけど、多かったかな」
「量じゃなくて質かも。アルコール度数高そう」
「透が言うんじゃ、間違いないね」
「でもいい。酔った口実で、お前をぐずぐずに抱いてやる」
「偉そうだ」
「アルコールも、仕草も、全部誘ってるんだろ。いい子だから、俺以外の人間の前で同じことをするなよ。すれば一瞬で食われる」
「しないよ」
「弘昭さんの前でもだ」
「それは、するかも」

「どこまでも特別扱いだな。まあ、仕方ないか」
「あ、珍しい。諦めた」
「お前が弘昭さんに食われたら、お前を殺して俺も死ぬからな。そこは諦めてない」
「そこを一番、諦めて欲しいかな」
 彼はグラスのソーダ水を半分ほど飲み、息をついた。
「酔った勢い。しようか」
「今から?」
「気持ちいいから、ついで」
「ついでって、ひどいな」

 言い返すと、彼は笑った。
 疲れた貌に、灯るささやかな光りは、彼らしく精悍で、ぞっとするほど色気があった。
 床に組み敷かれながら、心の中で呟く。
 もしもきみが疲れたら、僕はいつでも、きみの好きなようになる。


(了)





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