ギソウ、ケッコン 51
新しい年の幕開けは最悪だった。
酷い二日酔いで始まった元旦は、頭痛と気分の悪さで起きられずに、ようやくベッドを抜け出したのはもう昼近い時間だった。
憔悴した顔でフラフラとキッチンへと辿り着くと、向こうのリビングのソファで彼がテレビを見ていた。
私の顔を見ると、「大丈夫か?」と半分笑いながら訊ねた。それくらい酷い顔をしていたのだろう。
何で彼は平気なんだろうと気分の悪さを堪えながら、テレビから流れる新年番組をおぼろげに見る。振袖を着たグラビアアイドルだか何だかが、お笑い芸人とトークをしている番組だった。へえ、彼もこんな番組を見るんだ、と思うと同時に、やっぱりグラビアアイドルが好きなんだろうか、と思った。
そんなことをぼうっと考えている私に、「何か食べるものある?」と声を掛けられて、へ?と彼の方を向く。
ひょっとして、朝から何も食べてない?
「いや、一応正月だし」
そう言われて思い出した。
雑煮だ。
「今から作るから」
そう言うと、慌ててキッチンへと引き返す。
世間一般の家庭のようにおせち料理などというものは用意していなかったが、せめて雑煮くらいは作ろうと、一応用意をしてあったのだった。
二日酔いのせいで、綺麗にすっかり忘れていた。
しまったと心で思いながら、私が起きるまでずっと待っていた彼の横顔を見ると、楽しそうにテレビを見ている。
何だかその姿の何かが変わったような気がして、しばらく彼を見ていたけれど、とにかく雑煮の用意が先と、また手を動かし始める。
頭痛と気分の悪さに耐えながら、ようやく雑煮が出来上がったのは、それから40分ほど経ってからだった。
時計はとっくに午後を回っている。
「お腹すいた」
そう言いながら、彼はダイニングのテーブルに着く。
机の上には雑煮と、おせち料理とは程遠い、幾ばくかの申し訳程度のおかずが乗っているだけだった。
それでも、彼は嬉しそうに箸を持つと、食べ始める。余程お腹が空いていたのだろう。
私は気分の悪さで、雑煮を食べる気にもなれず、一応形ばかりと少しだけよそった椀を前に、食べ物に手を付けられずに座っていた。
そんな私の前で、彼はあっと言う間に雑煮を平らげてしまう。
「まだあるから」
そう言うと、彼は椀を差し出した。
「食べないのか?」
「欲しくない」
それを聞くと彼は苦笑した。
おかわりを入れて戻ってくると、おかずももうすっかり消えて無くなっていた。
手を付けずにいた私の分を差し出すと、それも瞬く間に消費されていく。
「昨日、結構飲んでたと思ったけど」
食欲旺盛な姿に半ば呆れながらそう聞くと、そうでもない、と彼は答えた。
どうやら調子に乗って飲みすぎたのは、私の方だけだったようだ。
歌合戦が終わった頃からの記憶がどうにも思い出せない。
元気そのものの彼の姿を見ながら机に頬杖をついていると、何?と彼は私を見た。
「途中から覚えてない」
「いつから?」
「歌合戦の後から」
ほんの2、3秒私の顔を凝視した後、彼は突然噴き出すように笑い出した。
さも可笑しそうに、相好を崩して笑っている。
「何か?」
「いや、別に」
「別に、て言う笑い方じゃないけど」
仏頂面の私に対し、彼は笑うのを中断して、うーん、と腕組みをして見せた。
「そうだな」それから意味ありげに笑って、知りたい?、と聞いた。まるでそれを楽しんでいるようだった。
途切れた記憶の後に、一体自分が何をしでかしたのかと思わず息を呑む。
裸になったとか、醜態をさらしたとか、いろいろなことが頭を過ぎる。
何れにしても、彼に笑われるようなことだったのは、間違い無さそうだった。
「やっぱり、知らないほうがいい」
そう言って彼が笑った時、え?と思わず顔からついていた手を外した。
「何で?」
思わず真剣にそう聞き返す私に、彼は黙って微笑しながらまた食べ始める。
しばらく唖然とそれを見ていたけれど、どうにももう彼が答えようとしないのに、次第に諦めの気持ちになり始める。
余程恥ずかしいことをしでかしたんだろうか。
だとしたら、やっぱり聞かないほうがいいんだろうか。
そう考えていくうちに、ふと気が付いた。
「昨日」
ぽつりと呟いた私に、彼は顔を上げる。
「もしかして、部屋まで運んでくれた……?」
ようやく食べ終わった彼は、椀に箸を置いて手を合わせた後で、「ああ」と言った。
「熟睡してたから」
その言葉に頭を抱えたくなりながら、「ありがとう」と済まなそうに告げると、「いや」と彼は答えた。
「ずっとこっちも迷惑掛けてたから」
机を見ながら小さく呟いた。
一瞬何の事かと思った。そしてようやくわかった。
『彼』、だった。
何度も何度も寝かしつけていたことを、彼は何となく知っていたに違いない。
何となく二人で机を見ていたけれど、ふと目が合って、どちらからともなく笑う。
本当に、変な関係だ、私たちって。
改めて、そう思う。
そんな変な関係が、また今年も続いていくのだろうかと思いながら、笑い合う。
明日も、明後日も、ずっとこんな日が続くのも、そう悪く無い、――そう、思いながら。
(52へつづく)
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