ありがとうございました。
今後もまったりがんばります。

再掲ですが・・

休日の戦い***

それはある、さわやかな風の吹く休日の話。
セフィーリアの館でその日は、まるで鍛冶屋の様な音と共に朝から騒々しく始まった。

キーン、キンッ!
カンカン、キンッ!シャーッ!

金属がぶつかる音が響いてキンキン耳に触る。
耳慣れない、いやな音が時々派手に聞こえる。
さすがにこれが、早朝から休み無く館に響いていると頭が痛い。
庭には体格のいい男が二人、刃のない練習剣で剣の練習と言うよりもヒートアップしてまともに戦っている。
耳をふさぎ、それでも頭に響く音にげんなりした顔でリリスがため息をつき、たまらず外に飛び出した。

「ザレル様!ここは剣の練習場ではございません!」

ありったけの声を張り上げるリリスに、ザレルが剣を組み合いながらチラリと見てまた視線を戻す。

「今週、城で勝ち抜き戦がある!細かい事を言うな!」

ギン!ガンガン!シャーッ!キンッ!

懲りもせず、また組み合い始める。
相手の騎士は、ザレルの親しい友人。
以前はリリスを嫌ってか家に来ることもなかったが、最近は慣れたのか特に気にする様子もなく、頻繁にやってきては遅くまで酒を飲んでいったりする。
パワーですでに負けている彼は、ザレルの剣を受け止めるだけで精一杯の様子。
心使いに気を回す暇も無さそうだ。
リリスも座った目でイライラして、耳をふさいだままギリギリ唇を噛んだ。

我慢してたけど、勝ち抜き戦で勝っては欲しいけど、もう……
もう限界です!

「誉れ高い騎士様!庶民が恐くて庭が通れずに困っております!どうかお慈悲を!」

「ん?」ようやく手を止め、周囲を見回す。
二人のあまりの熱気に、近くの井戸に水をくみにも行けずセフィーリアの弟子が桶を持ったまま立ち往生している。
休日とは言え、家での暮らしは普通にあるのだ。
離れには、昔ほどにはないにせよ未だに3人の魔導師見習いが住み込んでいる。
相手をしていた彼の友人は、すでに疲れ果てていたのかザレルの剣を受けた拍子に後ろへよろめく。
ザレルが手を引き、友人の背をポンと叩いた。

「なんだ、リリス。これは刃無しの練習剣だぞ。」

「練習剣でも鉄でございましょう。その手から抜けて、飛んで来やしないかと冷や冷やします。
それに剣を嫌う妖精は多いのです。ここは風のセフィーリア様の魔導師養成所でもあるのですよ。これではお弟子様方の勉学に触ります。
いい加減になさって、お茶でも飲んではいかがですか?
もうお二人ともお疲れでございましょう?」

そんなことはないと言いかけて、友人が息を切らしてグロッキーなのにようやく気がついた。
これでは止めるしかないが、ザレルも面白くない。
ふと思いついて、剣を地に刺しニヤリと笑った。

「そうだな、じゃああのタライいっぱいに水をくむ間、リリスがこの剣を水平に保っていられれば止めても良い。」

「えっ!」

指さす方に置いてあるタライは、だいたい井戸から汲み上げて4、5杯でいっぱいになる。
が、この鉄の剣は一体どれだけ重いのだろう。
ザレルたちの剣は体格に合わせてか、一般騎士の持つ剣より一回りは大きい。
鉄と言っても薄く細い剣がそれほど重量があるとは思えないが、持ったこともないので考えも付かない。

「水平って……?」

「そら、ただこう持ってるだけだ。」

ザレルが柄を握り、片手で剣を水平に保つ。
彼は軽々と操るが、彼の友人はただニヤニヤと面白そうに眺め無精ヒゲを撫でてみていた。

「一度持たせて下さい。それからお返事します。」

「その必要はない、お前の年の騎士であればすでに持っている頃だ。」

「私は騎士ではありません。剣は騎士の命でございましょう。」

「これはただの練習剣、別に騎士でなくとも構わん。」

くそー、なんて意地悪なんだろう。
ザレルはプイと顔を背け、空を飛んでゆく鳥を眺めている。

「さて、降参であれば、もういっとき練習するかな。」

「いいえ!私も男子なれば……!」

リリスが袖をめくり上げ、ザレルの剣に手を伸ばす。
両手でしっかり握り、地面から引き抜くと刃先を空に向けた。

確かにずっしりと重量感はあるけど、持てないことはない。
あとは、水くみの問題。
ふつうの4,5杯なら大した時間ではない。

行ける!かもしれない!

「では、水くみは普通の早さで願います。
条件を同等になさるのが騎士の道という物でございましょう。」

「無論」

ザレルの友人が手袋を脱ぎ手を上げる。
彼が水くみ担当。

「では!始め!」

リリスが剣を水平に保ち、友人が井戸に桶を落とす。
ガラガラガラ、
つるべを上げるスピードを耳で聞きながら、最初はなんとか余裕のリリスだったが、だんだん重さが効いてきた。

「くっ……くくく……」

ギリギリ歯を食いしばり、握りしめた手を震わせる。
水が一杯、そして二杯目。

な、なんだ、すっごく重い。重くなってきた。
もっと、もっと内側を握らなきゃ。

じりじり手をずらし、剣先が上がりそうになるとザレルがポンと上から叩く。
その涼しそうな顔が憎らしい。

「ほれ、今度は下がってきたぞ。」

言われて剣先を上に。
水平というのは以外と難しい。
水は三杯目。意外と友人は意地悪せずに真面目にやってくれる。

げ、限界!いや、まだ、まだだ!

指がしびれて柄が手の平から下がる。
身体を必死に持ち上げなんとか剣を上げる。

「ん、あああああっ!!くっそーーーーです!!」

なんか言葉が変だけど、そこまで気が回らない。
水は4杯、でも足りなかった。

「あと一杯だ、がんばれ坊主!俺も今日はもう休みたい!」

思わぬ友人の本音に、心で笑って効かない指で握り直す。
が、やっぱりすぐに指がゆるむ。

「もう!もう!だめです!あっあっ、あっはあはあ!」

剣が手の平から離れ、指だけで持ってるような状態で超限界。
必死で身体を反らせて上げる。

「あっ、あっ、いや!いやだ、うっく、ううあああっ!あっ!あっ!」

真っ赤な顔で、リリスが身もだえる。
その姿に、なぜかプウッと吹き出しザレルが横でクックと笑い出した。

バシャアッ!
「終わった!」

ガランッ!
剣を落としてどさっと膝をつき、四つん這いでハアハア息をつく。
その横では、ザレルが腹を抱えて笑っている。
もう、もう、意地の張り合いで凄く馬鹿を見た気がする。
手は真っ赤で、震えが止まらない。

「なんか、すっごく腹が立つのですが。ハアハアハア・・
一体、何がそんなにおかしいんです?」

「まったくだ。これでも食らえ!」

バシャーンッ!

友人が、ザレルの顔に思い切り水を浴びせた。
それでも笑いが止まらないのか笑っている。
散々、一生分を笑ったあとで、ようやくザレルが息を整え真顔で言った。

「いや、お前もなかなか色っぽいのだなと思ってな。
うむ、悶える姿を堪能した。」

「ああ・・なるほど」
友人がふと思い出し、横で小さく笑い出す。

「な、な、なんという……」
絶句して、恥ずかしさにカアッと顔が燃え上がった。
立ち上がり、近くにあった小さい桶でタライの水をすくい思い切りザレルに水を浴びせる。

「主人とは言え、そ、そのように恥ずかしい言動はお控え下さい!」

ビショビショになったザレルが、フンッと息を吐きタライの水の中にリリスを突き飛ばした。

「きゃっ!」バシャーンッ!

「俺は誉めたのだ、勘違いするな。馬鹿者。」

いったいどこが誉めたのやら、馬鹿にされたとしか思えない。
ああ、お尻が冷たい。

水の中で尻餅付いたまま、頭からびしょ濡れでリリスがどうしてくれようかとバシャンッと水面を手で打った。
ザレルはさっさと上着を脱いで、それで頭を拭き始める。
そして、青い空を見上げ大きく伸びをした。

「良い日だ!」

それは突拍子もなく、あまりに普通の普通を誉めるような言葉。
なんとなく、友人も、リリスも一緒に空を見上げる。
あたりはしんとして、時折鳥の声が涼やかな声で歌を歌う。
時を告げる鐘が、町の方から遠く響いた。

「まことに・・」

「良い日でございますね。」

青く澄み渡る空に吸い込まれそうになりながら、3人はしばし言葉を忘れてそれに見とれる。
そして、透明の空気を肺一杯に大きく深呼吸した。



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