ありがとうございました。
今後もまったりがんばります。

**赤い髪のリリス 腹痛の旅**

なんだか、お腹が痛いな。

そう思いながら夜の山中を歩いていた。
何を食べたかとか、思い出すのは旅に出たら容易だ。
持ってきた物か、途中の村で買ったもの、道行きで取った草木や木の実くらいしかない。
でも、今のところお腹下してるわけじゃないし、……まあ、旅の時に下痢することほど悲惨な物は無い。
水が近くにあれば助かるけど、動けなくなるし命に関わるし、なにより汚れるしかぶれるし臭いし、最悪になる。
アトラーナじゃ、向こうの世界みたいにトイレットペーパーなんて無いからね。
暖かいトイレの椅子やお尻を洗うトイレの噴水なんて、あんな物に慣れたら堕落してこちらへ帰れなくなってしまう。
おお、恐ろしい、恐ろしい、うらやましい、文明という物。

とか、笑って独り言をつぶやいて、水を探してちょっと休むことにした。

もう何度も通る道なので、水の在処はわかっている。
もう少し行ったところの、大きい曲がり角の横に立つ立派な木の当たりから右に森に入ると、石清水がちょろちょろ流れる小川への近道だ。
川の畔にちょっとひらけた場所があるので、そこに休もうと思う。

だが、普通はこんな夜更け、あまり道からはずれて歩くのはよくない。
魔導で灯りを灯しても、足場が見えないしどんな危険が隠れているのかわからない。
まあ、元々危険だと言うことは、百も承知の夜の旅だ。
これだけ急ぐ事には訳がある。
いや、急がなくてもいいのかもしれない。
だって、もうどう考えても明日までに帰るなんて無理だ。
諦めて明後日に着けばいいじゃないか。今はザレルがいるんだし。
帰りが遅れると、便りに鳥を紡いで飛ばせばいいし。

……あれ?そうだ!きっと急がなくてもいい。

あっ、なんてことだ、じゃあ僕は何でこんな夜中に歩いてるんだ。
……だって、勉強したこと早く試してみたい、清書ノートに書き留めたい、母上様に自慢したい。


立ち止まって、脱力した。
膝頭に手を置き、大きくため息をつく。
まだ痛いお腹をグルグルさすった。

そうだ、またやっちゃった。きっと無理して歩いたのバレて母上に怒られる。
もうとっくに風の精霊が母上へ報告に飛んだに違いない。
ああ、この気忙しい性格をどうにかしたい。
決めると一直線に走り出す。

“お主はまるで、ビックリシビルじゃ”

そう言った母上のたとえは、的を射ている。
シビルは向こうの世界で言う羊だ。フワフワして可愛いのに、突然驚いて走り出すと猪突猛進恐ろしいほど一直線に突っ走る。
ベスレムで静養していた頃、何度かそれを見たけど、あれはなかなか脅威だと思う。
突然ドドドドドッと空気を揺らすほどの地響きが響き渡り、シビルがいきなり大群で走り出す。
でも、ベスレムの人は慣れた物だ。
ああ、シビルだね。と、窓からいちべつもしやしない。
あんなどっしりした、落ち着きのある気風がうらやましい、僕も見習いたい。

ああ、お腹痛い。


ガサガサ、シンとした中を草をかき分け踏みしめる音が響く。
精霊が手招きする方に行くと、丈の長い草の間に草が踏み固められ気がつかないような小道が出来ている。
やっぱり小川に近道する人は多いのだろう。
サラサラと水の流れる音がだんだん近くなっていく。
まだお腹痛い、確かここの水際には痛み止めの薬草が茂っていたはずだ。
とにかく早く休みたい。
小道を選んで歩き、水の流れる音が聞こえてホッとした時、心臓がドキッとして足が止まった。

なにかいる。

視線を感じる。


魔導の灯りを消すか?・・いや、とうに見つかっているなら消す必要も無い。
フードをかぶって髪を隠し、手を組み、印を結んで呪をささやく。
周囲に精霊が集まり、臨戦態勢を敷いた。
人間がいるとは思えないが、動物なら驚かせて、逃げてくれればそれでいい。
冷や汗が流れ、じっとあたりを警戒する。
川の方から火の色が、木漏れ日のようにチラチラと見えてたき火があるのだと,人の存在が確信に変わった。
じりじりと歩みを進め、川の畔へと出たとき

ばさり

黒いフードが目の前に大きく広がり、中の黒いもやが首をもたげる。
黒い手が伸びたと思ったら、中から黒いヘビが無数にこちらへ向かって飛び出してきた。

フュッ!

呪をこめた息を吹き、後ろへ一歩下がる。
ヘビたちはボロボロと形を崩し、黒い手はひるまずくるりと弧をかいた。
空中に怪しく光る黒い穴が現れ、恐ろしげな声が響く。

オオオオォォォ・・・・・・オオオオォォォ


「なんと、いずこより何を呼び出されるおつもりか?

そは出口にあらず、またなんびとも入ることも違わず。
イル、ザルク!閉じよ!!」

風を切って、左手を穴を切り裂くように振り下ろす。
それは、大きな衝撃派となって、穴を四散させた。
気がつくと、黒いフードも後ろに吹き飛び水に浮いている。

「ああああ!!やってしまいました!
御本体が見えなかったので、手加減無しでやってしまいました。
はたしてどちら様でございましょうか?」

近くの枝でたぐり寄せ、水からすくい上げてぎゅっと絞る。

「ナ・・ゼ・・オドロカヌ・・オマエハナニモノカ」

絞る手元から声が漏れ聞こえる。

「はあ、だって、まあ、こう言うの初めてじゃありませんし。
だいたい幽鬼系は精霊のイタズラって事が多いのです。
人様であれば、もっと直接的です。
私は左右で目の色が違う珍種ですので、見世物小屋に売られそうになったこともございますので。」

そう言って目を指さす。
まるで晴れた日の洗濯のように、勢いよくパンパンッと黒いフードコートを大きく広げて近くの木に干した。
リリスの背後で木陰に隠れていた影がギュッと杖を握る。
するとリリスがくるりと振り向き、満面の笑顔で一礼した。

「このような姿なので怪しい奴とお思いでしょうが、実は怪しくないのでどうぞ御容赦を。ひとときをご一緒できれば幸いでございます。
風様の元で修行中のリリスと申します。」

チッと小さく舌打つ音がした。

「下らぬ」

金色の長い髪を後ろに一つ結んだ痩身の青年が、旅装束で杖を手に現れた。
黒いコートを杖で指すと、シャッと音をたてて水分が飛びフワリと舞い上がり彼の元へ戻って行く。
それを手に取ると、不機嫌そうに身にまとった。

「打ち据えてやろうと思ったが、下らぬ道化よ。
風様に免じて今夜一晩我がそばにいること許してやろう。
まったく、たまの一人旅を楽しんでおれば、とんだ目に遭った。」

「申し訳ありません。
では・・・ちょっと失礼します。」

川の畔で岩場を探る。
そしてパッと明るい顔で草の葉をちぎると、水でサッと洗いもぐもぐ食べ始めた。

「なんだ、腹痛か。
変な魔物を腹に潜ませてはいないだろうな。」

「はあ、それは大丈夫かと。
昨日まで地の神殿におりましたし。
腹も下しておりませんので。」

ふと上を向いたとき、一陣の風が通り過ぎた。
フードが倒れて赤い髪が舞い上がる。

「あっ、すいません。」

慌ててフードをかぶり直す。
そっと青年の顔を伺うと、ひどく驚いた様子で目を見開いている。
髪を見られてしまった・・・
ばつが悪く、しばらく無言で相手の言葉を待つ。
だが、いつもの聞くに堪えない言葉がぶつけられることも無く、あたりには水の流れる音と虫の音しかしない。
あまりの静粛に、そっと青年の様子をのぞき見る。
青年は相変わらず目を見開き、口をぽかんと開けて微動だにしない。

「あのう・・」

なぜか言葉を忘れたようにリリスを見つめて、ふと目が合うと、慌てて口に出した。

「地の?地の神殿?お前のような奴が参拝?
いや、勉学か?いや、・・でもあるまい。
あ、いや、いい。」

「え、ええ、勉強に、たまにお邪魔するのです。」

ニッコリ微笑むと、大きく息をついて青年が引きつって笑う。

「そうか・・・・ああ、そうか。
ふふふ・・・・・真っ赤な髪とは気持ちが悪い奴。」

気持ちが悪いと言いながら、また一つ大きく深呼吸してなぜか穏やかに笑う。
たき火のそばに座して、読みかけの本を広げた。
リリスも少し離れたところで座り、カバンから木の実を出してカリッとかじる。
腹が減っても食わざるべきか・・
一息ついてうなだれていると、しばらくして水が波立ちそれは小さな人の形となった。

「おや、リリスではないか?
また人の子がこのように遅くまで山道を歩くなどと・・危ないと何度も言うておったではないか。」

「あっ、シールーン様」

慌てて身体を起こすと、シールーンがそのままと手で遮る。
ちらりと青年を見て軽く挨拶を交わすと、ついおなかに手が行くリリスに心配そうに近づいた。

「いかがした、動けぬのか?母を呼びに行かせよう」

「えっ!!」驚いて、リリスが飛び上がる。
思わずシャンと立ち上がって、その場でだーっと走って見せた。

「だっ!大丈夫ですっ!ほら、リリスは走って帰りますから!
母上様には、母上様にだけはご内密に!」

「でも、のう・・」

「ダメです!これ以上話してると、風のうわさを聞いて母上様が飛んできてしまいます!」
いきなり母と聞いて慌てだしたリリスに、ブッと青年が吹き出した。
「なんだ、母が苦手なのか?」

「母上様が苦手では無く、母上様のお手を煩わせるのが嫌なのです。
だって、母上様は・・」


「リーーリーーーー」


空から声が響き、大空が、ブルリと震えた気がした。

ごおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

上空で大きく風が巻き、そして突風が音を立てて近づいてくる。

「お前の母はなんだって?!」

「ああああ、来ちゃった、おいでになってしまいました。」
リリスの顔がこわばり、青年に思わず声を上げた。

「申し訳ありません!ご迷惑おかけします!」

カラカラカラ・・ザザザザザザ・・ゴオオオオオザアアアアアア

「く、くそ!一体何だってんだ!」
たき火の木が転がり、青年が岩場に隠れてとっさに呪を唱え、たき火を守る。
風が音を立てて木を大きく揺らし、川面がさざめいて突風が塊となって落ちてきた。

ゴオオオ!!ドーーーーンッ!

「母上っ!!母様!」

反動でリリスが吹き飛ばされ、身体が大きく舞い上がった。
あきらめ顔の彼を、ふわりと巨大な白い手が受け止める。
見上げると、一体どうだと聞いてきたのか、顔面蒼白の風の精霊王セフィーリアの白い顔が見下ろしていた。

「リーリ!! いかがした?! どこが痛いのじゃ! 死ぬな、死んではならぬぞ!
急ぎ、癒やしの術を!うぬっ、違う、こういう時は巫子じゃ!地の神殿に行くぞ!早う、早う!」

「母上、リリスは大丈夫です。ちょっとです、ちょっとおなかが痛かっただけで・・」

「ひいいいいいぃぃぃ!何という事じゃ!痛みじゃと?!人間はすぐ死んでしまう!急ぐぞ!!」

ごおと風をまき、リリスを抱いたままセフィーリアが飛び立つ。
「え、え、ちょ、大丈夫です!大丈夫ですってば!あああ,ダメです、諦めます。
そちらのお方、お騒がせしましたぁぁーーーーーーl」



あっという間の嵐が過ぎ去り、青年が呆然と空を見上げる。
ろくに話も出来なかったと少し残念そうにため息をつくと、ふと、まだ水の精霊王が佇んでいることに気がつき頭を下げた。

「これは・・・まるで、嵐のような・・」

「良い、そう伝えたのだ。
まだ、お主と会うのは早い。」

早いと言われ、眉を歪める。

「それは、どういうことで?」

「ルークよ、いずれわかる。」

ポチャンと、水音を立ててシールーンが姿を消す。
たき火の火が、大きく燃え上がった。
水の流れを見つめ、ルークがあごをさすり、静かに目を閉じて空を仰ぐ。

まさか・・・・・・・、まさか、本当に?
いや、でもあり得ない。
バカな、セフィーリア様の息子?
そんな話聞いたことが無い。

燃えるような赤い髪・・・・・

いや、赤毛の人間など他国では珍しくも無いではないか・・・?

違う! この感覚・・・・・見極めねば、この目で。

調べねば、探らねば、あの子のことを!

心の中で秘めていた物がさざめき、胸ぐらを千切れんばかりにギュッと握りしめた。
火に照らされた顔が、声も上げずに奇妙に笑う。

「ド田舎に引きこもりは終わりだ。
本城に上がる準備をしなければ。
本物か否か、・・・・・くくっ、ああ!!なんて日だ!

運命の歯車よ回れ!
私はまだ生きている!」

大きく手を広げて星空を見上げる。
ルークはただ、この夜の幸運を自分の神に感謝した。



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